the past 紅い満月−2

 ロサ・ガリカはのどかな里だ。
 人口もそれほど多くなく、里への人の出入りも殆ど無い。
 しかし、十数年前。
 二人の子供をつれた女性が、突然里へ舞い込んできた。
 子供のうち、ひとりは生まれてすぐの女の子で、ひとりはまだ歩き始めたばかりの男の子だった。
 そして女性は二十歳前後で、瀕死の重傷を負っていた。
 里の者達は手厚く女性を介抱し、何も聞かずに里へ住むようにと進言した。
 それ以来、三人は里の外れで暮らすようになった。
 その時の女性がフレイア、男の子がサフィン、女の子がナナである。





 ナナとサフィンは里へ着いた。
 入り口近くの小川で世間話をしながら洗濯をするおばさん達と挨拶を交わし、里の中心の、子供達の遊び場でもある広場を抜け、民家の少なくなった辺りにあるゆるい上り坂を少し歩くと、彼らの住む家がある。
 質素な造りの木製の家だ。
 ナナは、やはり木製の扉を軽く二回叩き、開きながら中へ入った。
 サフィンもそれに続く。
 「ただいま〜」
 「お帰り」
 「お帰りなさい。お邪魔してるよ」
 中には、フレイアと、フレイアと同年代くらいの男性…モリスがいた。
 「あれ、モリスさん。来てたの?」
 「ああ。あたしが帰ってくる途中で会ってね。昼食に誘ったんだよ」
 そう言えば、もうお昼だ。
 机の上には食事が用意されている。
 「邪魔しちゃ悪かったかな?」
 こっそりと、サフィンがナナに耳打ちしてきた。
 「そうだね。いつもサフィンに任せっきりの昼食作りを今日に限ってしているところを見ると…」
 ナナも、声のトーンを落として言う。
 「しかも、メニューがまた気合い入ってるよな。パエリアなんて、普段絶対に作らな…」
 「そこ、聞こえてるよ!」
 サフィンが言った所でフレイアが遮るが、聞こえていると想定していた二人はくすくすと笑いながら席に着いた。
 しかし、モリスには聞こえていなかったようで、不思議そうな表情で三人を交互に見ている。
 この男性、モリスは、三人が里へ辿り着いた時の第一発見者で、それ以来、三人に対して何かと世話を焼いてくれている。
 フレイアは定期的に数日間家を空けることがあるが、その時は決まって泊まりで二人の面倒を見に来てくれるし、家で収穫した野菜などを持って来てくれたりもする。
 十数年前に、フレイア達をロサ・ガリカに住まわせるようにと初めに進言したのもモリスだという話だ。
 又、紳士的な面立ちをしているので当時若い女性に人気があったらしいが、今でも独身でいるのはフレイアの為なのではないかという噂もある。
 というより、実際そうなのだろうとナナは思っていた。
 正面に座っているフレイアとモリスは、何でもない世間話をしながら食事を楽しんでいる。
 (フレイアも、まんざらでもなさそうなんだけどなぁ…)
 ナナは、スプーンを口許に当てたままじっと二人を見た。
 こんなに仲が良いのに、どうして結婚とかしないんだろう…
 などと、そんな事を考えていると、フレイアがナナの視線に気付いたようで、ナナの方へ視線を向けた。
 「どうしたんだい?パエリア、お口に合わなかった?」
 「ううん、おいしいよ。ただ、フレイアとモリスさん、そうしてると夫婦みたいだなって…」
 ガッ!
 「痛ぁっ!!」
 言い終わるや否や、真正面に座っていたフレイアがナナの脛に思い切り蹴りを入れた。
 哀れにも脛への直撃を受けたナナは、椅子から落ちるようにして降りて床へうずくまり、左の脛を両手で押さえて声にならない声を上げている。
 …痛そうだ。(そりゃそうだ。)
 「全く、馬鹿な事言ってんじゃないよ!」
 少し赤くなりつつ、フレイアはナナに怒鳴り付けた。
 一方モリスは、赤いというかむしろ青い顔でナナを見る。
 サフィンも冷や汗をかき、悲痛な表情でナナを見ていた。
 数秒間うずくまった後、ナナはふらふらと立ち上がり、やっとのことで席に着く。
 「照れ隠しにしては痛過ぎるよ、フレイア…」
 「まだ言うのかい!?はっ倒すよ!!」
 「ま、まあまあ、フレイアも落ち着いて…」
 三人のやり取りを、モリスは軽くため息を付きつつも目を細めて見た。
 自然と、笑みがこぼれる。
 「ん?どうしたんだい?モリス…一人で笑って」
 「いや、そうしていると、本当の親子のようだと思って…な」
 「嫌だ、あたしにこんなでかい子供がいるように見えるのかい?」
 「もう36歳のくせに…」
 サフィンはフレイアに聞こえないよう呟いたつもりだったがようだが、聞こえていたらしく、フレイアの鋭い視線を向けられた。
 それを見て、ナナはくすくすと笑いながら、言った。
 「でも…親子じゃないけど、家族だよ」
 「ああ。そうだね」
 ナナの言葉に、フレイアは笑顔で答えた。





 十数年前、今は無き名もない村が、戦火に巻き込まれて滅んだ。
 そこへ、旅の途中だったフレイアが偶然通り掛かり、生存者の確認の為に村を回っていたところ、ある瓦礫と化した家の中から子供の声が聞こえてきた。
 瓦礫を除け、声を辿っていくと、地下へと続く扉があり、地下倉庫の中へ入ると、二人の子供が声を上げて泣いていた。
 それが、ナナとサフィンだった。
 二人の近くには一通の手紙が落ちており、手紙には、二人の名前と、二人が兄妹ではないことと、二人を安全な場所へ連れて行って欲しいという願いが記されていた。
 願いを聞き届けるため、フレイアは二人を隠れ里に預けようと森の方へ向かった。
 だがその途中魔物に遭い、二人を庇いながらの戦いでフレイアは重症を負った。
 それでも何とか勝利したフレイアは、気力を振り絞ってロサ・ガリカに辿り着いた。
 そして、今に至っている。
 …二人は、このようにフレイアから聞かされていた。
 そして二人もそれを信じ、フレイアを本当の親のように慕っている。
 周囲から見ても、本当の家族のようだった。





 語らいながら、楽しい昼食の時は過ぎていく。
 しかし、そんな中、フレイアの表情だけが少しだけ陰りを見せていた。
 フレイアは、心の中で静かに呟く。


 あたしは、あんた達と共に時を過ごせて、とても幸せだよ。
 …でも、でもね…
 あたしには、こんな風に楽しい時を過ごしていい資格なんて、無いんだよ。
 …幸せになっていい資格なんて、無いんだよ…


 フレイアの表情の陰りは、普通ならば判らない程微妙なものだった。
 しかし、ナナとサフィンは、そのような微妙な変化さえ見逃してはいなかった。





 ロサ・ガリカでの三人の役割は、村の見回りと時々里へ侵入してくる魔物を退治することだ。
 昔は里の男達が交代でしていたが、里に住まわせてもらうからと、フレイアがその役割を引き受けたのだ。
 今では三人の戦闘能力は里中が認めており、右に出る者などいない。
 兎も角、昼食の後里の見回りに出掛け、魔物を退治し、家へ戻ると、その頃にはすっかり夜になっている。
 三人で夕食を食べた後風呂に入ると、ナナは家の外へ出た。
 (今日は確か満月だったよね)
 そう思い、深く外の空気を吸い込むと、ナナは振り返って家の方を向き、三歩ほど後退する。
 次の瞬間、ナナは強く大地を蹴り、一飛びで屋根の上へと移動していた。
 屋根の上だと、空が良く見えるのだ。
 軽々と着地すると、ナナはゆっくりと顔を上げた。


 「おかしいなぁ…」
 サフィンは辺りを見回しながら呟いた。
 「何してんだい?挙動不審だよ、あんた」
 「いや、ナナはどこ行ったのかと思って」
 リビングの椅子に腰掛け剣の手入れをしていたフレイアは、一旦その手を止め、後方にいるサフィンの方へ視線を移した。
 「ナナだったらあんたが風呂入ってる間に外に出てったよ」
 「そっか、ありがとう」
 それだけ言うと、サフィンはリビングを出て外へ向かった。
 サフィンがリビングを出ると、フレイアは剣の方へ視線を戻し、手入れを再開した。


 外に出るとサフィンは辺りを見回した。
 周囲にはいない…となると…
 サフィンは、ふと屋根の方へ視線を移す。
 (やっぱり…)
 そこにはやはりナナがいた。
 ナナは、空や星を見たりする時に、よく見渡せる屋根の上に上るのが癖だったのだ。
 「おーい、ナナ!」
 サフィンの呼び掛けに、ナナは応えなかった。
 じっと、食い入るように空を見つめている。
 「ナナ…?」
 サフィンは不思議がって首を傾けた。
 すると、ナナの口許が僅かに動いた。
 「サフィン…ちょっと、見て…」
 「?」
 首を傾げながら、サフィンはその場で大地を蹴った。
 サフィンの身体は軽く宙を舞い、ナナのすぐ横に着地する。
 「あれ…」
 ナナは、サフィンの方も見ずにゆっくりと宙を指差した。
 サフィンも、ナナの指差す方向へ視線を移す。
 「な…」
 それを見たサフィンは、目を丸くした。
 そこにあったのは、雲ひとつない空と、満点の星々。それから…
 ……血のように赤く染まり、妖しい光を地上に注ぐ、満月……
 「あれは…」
 月に見入ったまま、サフィンはそれだけ言うのがやっとだった。
 「何だろう…判らないけど…けど、何か、良くないことが起こりそうな…そんな気がする…」
 ナナは、瞬きもせずにじっと月を見つめている。
 その表情は凛としており、普段見せることのない厳しさを含んでいた。
 「………」
 サフィンは一度横目でナナを見ると、赤い満月に視線を戻した。
 (嫌な予感、か…)
 何故だろう。
 サフィンのそれは、「予感」ではなく、「確信」に近かった。





 その頃。
 フレイアに手入れされ磨き上がった剣の刀身が、月光で僅かに赤い輝きをたたえながら、フレイアの鋭く厳しい表情を、映し出していた…


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