the past 紅い満月−4

 三人組は、ナナ達の数メートル手前で足を止めた。
 先頭の金色の長髪の男性はフレイアが剣を構えているのにも動じる様子はなく、止まった位置から一歩前へ出ると、右手を胸元へ当て、一礼した。
 王族や貴族達の間で交わされる、形式的な礼だ。
 「初めまして。私、レグルス=オーリキュラ=フォン=ミルトレイアと申します。こちらは私の側近の部下、ファリスとベルナです。以後お見知りおきを」
 レグルスと名乗った金髪の男性が言うと、黒髪の男性が、次いで赤い髪の女性が一礼した。
 フレイアは言葉を発することなく、ただじっとレグルスを見据えている。
 レグルスも微笑みながらフレイアを見ていたが、少ししてフレイアから視線を外し、ナナの方を見た。
 心配そうにフレイア達の様子を見ていたナナは、レグルスの視線に気付き、思わず身体を強張らせ、一歩、後ずさる。
 レグルスの表情は微笑みをたたえている。
 しかし。
 …目は、笑ってはいなかった。
 ナナは、何か底知れない恐怖と違和感を感じていた。
 それはサフィンも同じのようで、表情が険しくなっている。
 「あなたが、ナナさんですね?」
 そう言うと、レグルスはナナに近付いてきた。
 サフィンは思わずナナを庇うようにして立つ。
 レグルスがフレイアの横を通り過ぎようとした時、フレイアは剣を突き付け、レグルスの歩みを止めた。
 「その子達に、近付くな」
 フレイアはレグルスを睨み付けた。
 レグルスは浅くため息をつく。
 「残念です。ご挨拶がしたかっただけなのですが…」
 レグルスはさも残念そうに言うと、振り返って元いた位置まで戻り、再びこちらを向いた。
 「ねえ、フレイア…あの人は…?」
 ナナの問いに、フレイアは顔だけ振り返った。
 「悪いね…話している暇は無さそうだ。ともかく、今はこの場を離れることを優先させとくれ。そこの崖から飛び降りるんだ。あんた達なら死にゃあしないだろ」
 「!!」
 「な…」
 二人は驚き、質問を続けようとする。
 しかし、向こう側にいる三人を…レグルスを見たら、その応えが判ったような気がした。
 言い知れぬ恐怖…威圧感…
 負の感覚ばかりをひしひしと感じる。
 その感覚を与えてくる張本人…レグルスは、フレイアを見て微笑んだ。
 「いけませんね。そのようなことをされては困ります」
 「どこへ行こうと、この子達の勝手だろう」
 フレイアはレグルスに向き直り、再び剣を構えた。
 「…仕方ありませんね…」
 そう言って俯くと、レグルスは腰に下げていた剣に手を伸ばし、ゆっくりと抜いた。
 反射的に、ナナとサフィンも戦いの構えをとる。
 レグルスは剣を抜き終えると、顔を上げた。
 「それでは、力ずくでも連れて行かせて頂きましょう……ナナさん…貴女を、ね」
 そう言った、次の瞬間。
 レグルスが視界から消えたかと思うと、フレイアの目の前に移動していた。
 フレイアはレグルスの斬撃を辛うじて受けとめ弾き返すと、身を反転させてサフィンに蹴りを入れた。
 「!!」
 蹴り飛ばされたサフィンの身体はナナにぶつかり、二人はともに崖の下へと落ちていく。
 「いいかい、サフィン!!ナナを守るんだよ!!」
 落ちていく二人に向かって、フレイアは出来る限りの大声で叫んだ。
 「フレイアあぁぁ!!」
 必死に叫ぶナナの声が、徐々に小さくなっていく。
 二人の姿は、やがて百メートル以上は下であろう森の中へと消えていった。
 フレイアはレグルスに向き直って突進し、斬撃を加えた。
 レグルスはそれを難なくかわすと、表情から笑みを消し、剣を構え直す。
 「ファリス、ベルナ…お前達は手を出すな」
 レグルスが言うと、二人は同時に一礼し、一歩後退した。
 殺気、と言うのだろうか。
 レグルスの全身からフレイアに向かって、それが放たれていた。
 「フレイア…貴女が私に勝てるとでもお思いですか?歴代フレイアの中で最弱と言われている、貴女が…」
 「そんな事、戦ってみりゃ判るだろう」
 「ふふ…そうですね」
 レグルスが言い終えると、二人は同時に地を蹴った。
 剣がぶつかり、離れ、またぶつかり合う。
 辺りに鋭い剣撃の音が幾度も響いたかと思うと、今度は金属の折れたような鈍い音が響き、二人の動きが止まった。
 それは、レグルスの剣が折れた音だった。
 剣の根元付近から、真っ二つに折れている。
 レグルスは折れた剣を見つめた。
 「流石は、フレイアに代々伝わると言われる剣なだけはある…装飾ばかり立派な鈍らでは、全く歯が立たないようですね」
 レグルスは折れた剣を地に落とした。
 「やはり、本気を出すことにしましょう」
 「言ってろ!!これでも喰らいな!!」
 フレイアは表情を一層鋭くすると、レグルスに向かって剣を勢い良く振り下ろす。
 すると、双頭の龍のような衝撃波が、レグルスに襲い掛かった。
 サフィンとの手合わせの時に放った、あの技だ。
 双頭の龍は、レグルスとの距離をみるみるうちに縮めていく。
 しかし。
 不敵な笑みを浮かべたかと思うと、レグルスは右手を迫りくる龍に向かって構えた。
 次の瞬間、レグルスの右手から、黒い衝撃が巻き起こった。
 衝撃は双頭龍を呑み込み、フレイアまで届く。
 「ああぁああぁぁっ!!」
 フレイアはそれをまともに喰らい、吹き飛ばされて地に横たわった。
 衝撃の巻き添えを喰らった木々は、その部分だけがえぐり取られたように焼け落ちている。
 「く…そ…」
 フレイアは起き上がろうとするが、身体が言う事を聞いてくれない。
 全身が、自分のものではないかのように重い。
 気付くと、レグルスの足が目の前にあった。
 レグルスはフレイアを蹴って仰向けにさせると、フレイアの首を左手で掴み、自分の目線より少し高い位置まで持ち上げた。
 「うぅ…」
 フレイアは苦しそうにうめくが、もう抵抗する力も残されていないようだった。
 右手に握られていた剣が落ち、地面に突き刺さる。
 「少々、効きました」
 見ると、レグルスの右肩にえぐられたような傷があり、鮮血が流れ出ていた。
 フレイアの技は、完全にかき消された訳ではなかったのだろう。
 レグルスは左手に力を込めた。
 「フレイアたるもの、屍をそのままさらしておくのは苦痛でしょう。跡形も残さぬよう、消し去って差し上げましょう」
 言うと、レグルスの左手から青白い炎が放たれ、みるみるうちにフレイアの全身へ広がっていく。
 「うあああぁあぁぁあぁぁっ!!」
 フレイアの断末魔が、辺りに響いた。


 …ナナ…サフィン…
 …ごめん…
 ……ごめん、ね……

 薄れゆく意識の中、フレイアは心の中でその言葉を繰り返し囁いていた。





 少しして、炎が収まったかと思うと、フレイアの姿も跡形もなく消え去っていた。
 すると、レグルスの方にファリスとベルナが近付いてきた。
 「レグルス様…二人を、追いますか?」
 赤い髪の女性、ベルナが尋ねた。
 「いい。放っておけ。その方が…楽しくなりそうだ」
 「はい」
 答えると、ベルナは一礼し、一歩後退した。
 レグルスはふと足許を見る。
 そこには、フレイアの愛用していた剣が残されていた。
 「フレイアの剣か」
 レグルスは剣に触れようとする。
 しかし、瞬時に光の壁のようなものが現れ、触れることを拒まれた。
 「…魔のものを拒む剣…か。面白い」
 レグルスは不敵な笑みを浮かべた。
 「レグルス様、この剣は…」
 「いい。放っておけ」
 ベルナの問いに答えると、レグルスは振り返った。
 「それより、お前達…あの里を、ロサ・ガリカを潰してきてくれ……ナナに、帰る場所があると…少々、困る」
 表情を変えることなく、レグルスは言った。
 「仰せのままに」
 ファリスとベルナは同時に一礼し振り返ったかと思うと、次の瞬間そこに二人の姿は無かった。
 魔法を使い、瞬時に里まで移動したのだ。
 二人の姿が無くなると、レグルスは崖の先端まで進み、ナナとサフィンが落ちていった辺りをじっと眺めた。
 レグルスはしばしの間じっと一点を眺めていたが、里の方から悲鳴や爆発音が聞こえてくると、振り返って里のある方向へと足を進めた。
 数歩、歩いたかと思うと、レグルスの姿はその場から掻き消えるようにして消えた。





 シルバラードの森の中の川べりを、一人の女性が歩いていた。
 「…ったく、何考えてんのかしら、あのオバサンは…」
 女性は手紙を読みながら、愚痴のような独り言を連発している。
 女性は手紙を読み終えると、深くため息をついた。
 その時、女性の耳にふと誰かのうめくような声が聞こえてきた。
 女性が声のした方へ向かうと、川べりに倒れている二人の人間を発見した。
 ひとりは黒い長髪の少年で、ひとりは桜色の髪を二つにくくった少女だった。
 「何よ、この死に損ないは…」
 女性は眉をしかめると、頭に手をやり、再びため息をついた。


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