the past 誓い−1

 ナナは漆黒の闇の中にいた。
 辺りには闇しかなく何も見えないが、どこからか、さわさわと草や木の葉の擦れあう音が聞こえてくる。
 不思議な気分だった。
 …これは、夢?
 そう思いながらナナは身体を起こすと、まるで何かに導かれているかのように音の聞こえてくる方へと足を進めた。
 音は徐々に近付いてきて、やがてナナは音の中心部へと辿り着く。
 すると、突然音が止んだ。
 急に不安になり、ナナは辺りを見回す。
 ふと気が付くと、少し離れた位置にフレイアが立っていた。
 フレイアは、悲痛であり、又、憂いを含んでいるようでもある、何とも形容し難い表情でナナを見ている。
 ナナは思わずフレイアの方へと駆け出していた。
 しかし、走っても走ってもフレイアの元へ辿り着くことは出来ない。
 近付くどころか、徐々に離れていく。
 フレイアはどんどん遠ざかり、やがて消えた。





 「…っっ!!フレイアっ!!」
 叫びながら、ナナは飛び起きた。
 肩が上下し、冷や汗が幾筋も伝っている。
 ナナは右手を胸元へ持っていくと、呼吸を整え気持ちを落ち着かせる。
 それから、今の状況を整理してみた。
 (確か、レグルスっていう人がフレイアに斬り掛かって…私はサフィンと一緒に崖の下に落ちて…それから…?)
 ナナがふと横に目線を落とすと、サフィンが横たわっていた。
 どうやら気を失っているらしかった。
 (そうか…サフィン、落ちる時に私を庇って…)
 考えながら、ナナは身震いする。
 上着を着ていないせいか、少々肌寒かったのだ。
 そういえば、サフィンも上着を着ていない。
 (上着は…?)
 ナナは辺りを見回す。
 すると、足元に誰が起こしたのか火が焚いてあり、近くの木と木が植物の弦のようなもので結ばれていて、二人の上着はそこに干すようにして掛かっていた。
 (そっか、私達、川に落ちて…でも、一体誰が…?)
 ナナが上着の干してある辺りをぼうっと見つめながら考えていると、目線の先の奥の方から何者かの足音が聞こえてきた。
 地面に短い草が茂っているせいだろう。さく、さくと音を立てながら、足音は近付いてくる。
 ナナは思わず身構え、足音の方を見た。
 足音の主は、弦が結んである木の奥から、ゆっくりと姿を現した。
 それは、藤色の肩までの髪と青い瞳を持った、妖艶な女性だった。
 女性の服装は深いスリットの入った白くて裾の長いワンピースで、からだの優美なラインを強調するようなデザインになっており、青い宝石の付いた髪飾りを身に付けている。
 (綺麗な人…)
 ナナは構えを解き、女性に見入った。
 女性はナナの姿を確認すると、ゆっくりと口を開いた。
 「ようやくお目覚めのようね」
 言いながら女性はナナの方へ近付いてきた。
 「あの、あなたは…?」
 「あたしはサリサ。旅の途中だったんだけど、偶然あんた達が倒れてんのを見つけてね。とりあえず川から引っぱり出したのよ」
 ナナの問いに、女性…サリサは一息で答えた。
 「あなたが介抱してくれたの?ありがとう、サリサさん。私はナナ。こっちはサフィン。よろしくね」
 言い終えると、ナナはサリサに握手を求めた。
 サリサは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐさま笑顔になり右手を差し出してきた。
 「こちらこそ、よろしく。あと、あたしのことは呼び捨てでいいわ。あたしもナナって呼ばせてもらうから」
 「判ったわ。サリサ」
 握手を終えると、二人は火を挟んで向かい合う形で座り込んだ。
 すると、ナナの横でうめくような声がして、サフィンがゆっくりと起き上がった。
 「う…」
 「あ、気が付いた?」
 「ナナ…?ここは…?」
 サフィンはまだ意識がはっきりしていないようで、右手で顔半分を押さえている。
 「多分、シルバラードの森だと思うんだけど…」
 サフィンは完全に起き上がりナナの横に座ると、ようやく正面にいるサリサの存在に気付いた。
 目が会うと、サリサは笑顔で一礼した。
 サフィンもつられて一礼する。
 「サフィン、この人はサリサ。私達を見つけて、介抱してくれたの」
 サフィンの不思議がっている様子を見てナナが説明すると、サリサはサフィンに右手を差し出してきた。
 「サリサよ。よろしく」
 「サフィンだ。こちらこそ、助けてもらったみたいで…ありがとう」
 二人は軽い握手と挨拶を交わす。
 手が離れると、すぐさまサリサが口を開いた。
 「それにしても、初めあんた達を見つけた時は驚いたわ。水死体かと思って。何故川なんか流れてたの?」
 苦笑すると、その問いにはサフィンが答えた。
 「いや、プラチナの森の崖の上にいたんだけど、落ちたんだ。それで…」
 直後、ナナがはっとする。
 「そういえば、フレイアは…!?」
 サフィンもはっとしてナナと顔を見合わせる。
 二人のやり取りを見て、サリサは再び一瞬だけ驚いたような表情を見せた。
 最も、二人は気付かなかったようだが。
 少しの間二人は何かを話し合っていたが、話し終えるとサリサの方へ向き直った。
 「ごめんなさい、サリサ。私達、ロサ・ガリカに戻らなきゃいけないの。それで、出来ればここの正確な位置を教えて欲しいんだけど…」
 ナナが言うと、サリサは表情から笑みを消し、二人を交互に見てからゆっくりと口を開いた。
 「あんた達、フレイアの弟子でしょ?格闘術と剣術を教わったとかいう…」
 突然の言葉に、ナナとサフィンは驚きを隠せなかった。
 「どうして、知ってるの…?」
 「フレイアから、リーガルへ行って誰かに会えって言われなかった?」
 「言われたけど…」
 「それ、多分あたしの事よ」
 その台詞で、二人は更に驚いた。
 「ど、どういうこと…?」
 ナナは目を丸くしてサリサを見た。
 サリサは口許に手を当てて何かを考え込むが、少しして手を外し、まっすぐにナナを見た。
 「フレイア、定期的に数日間家を空けることがあったでしょ?あれって、あたしに会いに来てたの……あたしに、魔術を教える為にね」
 「あんたも、フレイアに師事してたのか!?」
 サフィンの言葉に、サリサはゆっくりと頷く。
 「物心つく前から色々教わってたわ。さしずめ、あんた達の兄弟子ってところかしら」
 言いながらサリサは立ち上がり、二人に背を向けた。
 「あんた達がロサ・ガリカを出た後の事を頼まれてたんだけど…あんた達の様子を見る限り、何かあったみたいね……話してくれる?」
 言い終えると、サリサは振り返った。
 藤色の髪が、やわらかく揺れる。
 ナナとサフィンは顔を見合わせてゆっくりと頷くと、サリサに向き直ってこれまでのことを説明し始めた。

 フレイアに突然リーガルへ向かえと言われたこと。
 そこへ、突然レグルス達が現れたこと。
 レグルスが何やらナナを連れて行こうとしていたこと。
 そして、フレイアは二人を庇い、ひとり崖の上でレグルスと戦う為に残ったことを。

 説明し終えると、サリサは右手で口許を覆い、考え込むようにして俯いた。
 「レグルス…って名乗ったのね、その金髪の男は」
 「ああ、そう言ってた」
 「本当は、もっと長い名前だったんだけど…」
 サリサの問いに、二人は交互に答える。
 「レグルス…レグルス=オーリキュラ=フォン=ミルトレイア……最北の大陸タルディアーナ最大の王国、ミルトレイア国の現国王の名よ」
 「!?」
 二人は驚き、目を丸くする。
 「どういうこと…?」
 「一国の国王が、どうしてあんな所に…」
 しかも、フレイアを知っている風だったうえに、ナナを連れて行こうとしていた…?
 益々、訳が判らない。
 「判らないけど…嫌な予感がするわ。早くロサ・ガリカに戻った方が止さそうね……あたしも一緒に行かせてもらうわよ」
 サリサが言うと、二人は頷き、立ち上がった。

 本当は、レグルスが何者なのか…フレイアの言っていることが正しいのなら、判ってるんだけど…
 頼まれ事も含めて、話すのはまだ早そうね。
 全てはロサ・ガリカの…フレイアの状況を見てから、か…
 厄介な事にならなきゃいいけど。
 …本当に、何を考えてるのかしら、あのオバサンは!!

 二人に上着を手渡しながら、サリサは心の中で呟いた。



 一方、三人の傍の木の上で、三人のやりとりを終始見ている者がいた。
 その者は、微かに口の端に笑みを浮かべ、木の上でゆっくりと立ち上がった。


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