the past 誓い−2

 「服は多分ちゃんと乾いてると思うんだけど」
 「うん、大丈夫みたい」
 上着の袖に腕を通しながら、ナナはサリサの問いに答えた。
 「ここからロサ・ガリカへの道程は?」
 「そうね…ここからだと、結構な回り道になるわ。三日はかからないと思うけど。まあ、この高い崖さえ無ければ一日かからずに着くけどね」
 「流石に、崖を登るのは無理だよね」
 「そうね…」
 三人は崖の上を見上げた。
 頂上は、遥か上空にある。
 ずっと見上げていたら、きっと首がおかしくなってしまうだろう。
 「なあ、魔術を使って上まで行けないのか?」
 サフィンの問いに、サリサは首を横に振る。
 「生憎だけど、重力を無視したり時空を歪めたりするような術は持ち合わせてないわ」
 方をすくめ、大袈裟な素振りをしてみせる。
 その頃、一番準備の遅れていたナナが準備をし終えた。
 「よし。じゃあ、行こう」
 ナナの言葉に二人は頷き、サリサの指示した方へ歩き出した。
 その時。
 元いた辺りの木の上の方から、カサカサと僅かに葉の擦れ合う音が聞こえてきた。
 そして、次の瞬間、音のした辺りから突然何かが落ちてきた。
 三人は一斉に振り返る。
 落ちてきたものは、すとん、と身軽に着地する。
 それは、人間の男性だった。
 短くて少し癖のある赤みがかった茶色の髪に赤いバンダナを巻いており、明るい緑色の上着にベージュのズボンという服装で、背中には弓を背負っている。
 年齢は、三人と同じくらいであろう。
 男性はゆっくりと立ち上がり、伏せていた瞳を開く。
 瞳の色は、髪の色と同じ、赤みがかった茶色だった。
 男性は三人に向かって微笑むと、「よっ!」と右手を軽く上げて近付いてきた。
 ナナとサフィンは思わず身構える。
 しかし、サリサだけは忌々しそうに髪をかき上げながら深くため息をついた。
 「何よ、あんたまだつけて来てたの?」
 そう言ったサリサは、あからさまに嫌そうな表情をしている。
 「え!?」
 「知り合い…なのか?」
 ナナとサフィンは構えを解く。
 「嫌だなぁ、サリサ。愛しのダーリンに対してその言い方はないだろ?」
 男性はサリサの前に立つと、にこにこしながらサリサの肩に手を置いた。
 「誰がダーリンなのよ。そんな台詞、今時誰も口にしないわよ」
 「んー…じゃあ、『あ・な・たv』でもいいよ」
 「誰が言うか」
 「つれないなぁ。布団の中であんなに熱い夜を過ごした仲なのに」
 「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」
 ズシャ。
 ついに怒りが頂点に達したのか、サリサは左手の人差し指と中指を立てて男性の目玉に突き刺した。
 哀れにも男性はその場にうずくまり、目を押さえて何かを叫んでいる。
 ナナとサフィンは冷や汗をかきながらその様子を呆然と見ていた。
 すると、二人が戸惑っているのに気付いたのか、サリサははっとして二人の方へ向き直った。
 「ああ、ごめんね。こいつ、ただのトチ狂ってる赤の他人だから。行きましょ」
 「は、はぁ…」
 サリサは極爽やかな顔をしている。
 二人の目にはそれが異様な光景として映っていた。
 「そんなに照れなくてもいいのに」
 男性はいつの間にか立ち上がっており、サリサの肩に手を回して寄り添っていた。
 瞬時にサリサの表情が爽やかな笑顔のまま固まる。
 あまりの恐怖に、ナナとサフィンは男性に「復活早過ぎだろ」などという突っ込みすら入れられなかった。
 直後、その場には魔術による爆発音と男性の断末魔が響くこととなった。
 「さ、行きましょ」
 焦げて崩れ落ちている男性を背に、サリサは二人を引っ張って歩き出した。
 二人は唖然として男性とサリサを交互に見ている。
 男性はしばし崩れ落ちていたが、すぐさま復活して立ち上がった。
 「ちょっと待てってば。本題はそれじゃないんだよ」
 男性の呼び掛けに、サリサは足を止めた。
 男性は三人に二、三歩歩み寄る。
 「悪いね、紹介が遅れた。俺はキリト。何でも屋をしながら色んな所を旅して回ってる。サリサとは同じ仕事を請け負った事があるんだ」
 「で、それ以来あたしにストーカー行為を働いている、と」
 サリサは腕を組み、機嫌が悪そうにしている。
 「ストーカー行為だなんて、人聞きの悪い…俺は常に愛しい人と一緒にいたいだけだよ」
 「だからっつってあたしの許可なく後をつけ回していい訳ないでしょ」
 ドカッ。
 キリトと名乗った男性はサリサの腰と頬に手を添えていたが、脛を蹴られて再びうずくまる。
 このままでは収集がつかなくなりそうなので、ナナとサフィンはとりあえず自己紹介をすることにした。
 「あ、あの、私は…」
 「知ってるから、いいよ」
 起き上がりながら、キリトはナナの台詞を遮った。
 「悪いとは思ったんだけどね。君達が起きた所から、全部聞かせてもらってたよ。ナナちゃんに…サフィン君だろ?」
 キリトは、ナナを、ししてサフィンを交互に見る。
 サフィンの表情が鋭くなった。
 …ずっと、聞いていた?
 フレイアとの修行により、ナナもサフィンもあらゆるものの気配を敏感に感じ取ることが出来る。
 しかし、サフィンはキリトの気配を全く感じていなかった。
 それはナナも同じだったらしく、困惑の表情を浮かべている。
 この男、ただ者ではない。
 サフィンはキリトを睨むようにして見た。
 「そんな恐い顔しなくてもいいよ。俺、気配を消すのは得意なんだ」
 サフィンの鋭い視線に、キリトは笑みを返した。
 「で、あんたは何をしに出てきた訳?」
 話題を戻す為、サリサが割って入る。
 「あぁ、そうそう。話を聞いててね、俺もロサ・ガリカまで同行しようと思ってさ」
 「はぁ!?何でいきなり…」
 サリサは思わず声を上げる。
 ナナとサフィンも困惑の表情を浮かべた。
 キリトは微笑むと、サフィンの方を見た。
 「サフィン君さ、話を聞いてると剣士みたいだけど、肝心の剣は?」
 「あ、そういえば…」
 サフィンは右の腰に視線を移し、手を当てる。
 いつもはこの位置に剣を下げているが、今は無かった。
 そう言えば、崖から落ちる直前まで木製の剣を使用していたため、真剣は腰に下げていなかった。
 それに、どうやら木製の剣の方も落ちた時にどこかへ行ってしまったらしく、見当たらなかったのだ。
 「森の中には危険な魔物達がウロついている。でも、サフィン君は丸腰。それじゃあ、女性二人を守りながら森を歩くのは大変だろ?だから、俺も同行しようと思った訳」
 キリトは再び微笑む。
 「それに、愛しのサリサにはどこまでも付いて行くつもりだし?」
 「憑いて行くの間違いじゃないの?」
 キリトはサリサの手を取るが、すぐさま振り払われた。
 「どうする?もし嫌ならここで殺っちゃうことも可能だけど」
 サリサは二人に話を振った。
 その後ろではキリトが地面に座り込み、「ひ、酷い!!」などと嘆いている。
 二人は顔を見合わせ、視線で話し合った。
 結果。
 「まあ、人数は多い方が心強いし、よろしく、キリトさん」
 ナナが言うと、キリトは微笑んだ。
 「ああ、よろしく。俺の事はキリトで良いよ。サフィン君もね」
 「ああ…」
 心なしか、サフィンはむすっとしている。
 それを見て、ナナはサフィンに判らないようにして微かに笑った。
 「ほら、行こうよ、サフィン」
 「あ、ああ…」
 ナナはサフィンの背中を押して、前に進ませる。
 (あれは…尻に敷かれるタイプね)
 二人の様子を見て、サリサはそんな事を考えた。
 四人はようやくロサ・ガリカへ向かい始めた。
 しかし。
 突然、前方の茂みから魔物が一体飛び出してきた。
 狼のような姿をしているが、普通の狼の何倍もの大きさがあり、爪も鋭く、剥き出しになっている牙もかなり大きい。
 そのうえ、目を血走らせ、明らかにこちらに対して殺意を向けている。
 魔物は四人に向かって突進してきた。
 キリトが弓を構え、サリサが詠唱を始め、サフィンも身構える。
 だが、まっ先に敵に向かって行ったのはナナだった。
 ナナは魔物の牙を難なくかわすと、回転して勢いをつけた肘打ちを魔物の横腹に喰らわせ、すぐさま腹の下に滑り込み蹴り上げる。
 魔物は数メートル飛び上がったが、ナナは地を蹴ってそれより少し高く飛び、止めとばかりに魔物を思い切り地面へ向かって蹴り飛ばした。
 魔物はもの凄い勢いで落下し、身体を木に打ち付けてそのまま崩れ落ちる。
 そして、極めつけ。
 魔物がぶつかった木が鈍い音を立てて折れ、倒れた。
 取り残された三人は唖然としてナナを見た。
 ナナは、というと、軽々と着地してぱんぱんと手を払い、憎らしい程愛らしい笑顔を三人に向けてきた。
 「みんな、大丈夫?」
 三人は黙ってこくこくと頷く。
 冷や汗を流し、恐怖を覚えながら。
 「そう?じゃあ、行こっか」
 ナナは振り返ると、目的の方向へと足を進めた。
 三人もそれに続く。



 歩きながら、サリサはキリトに視線を移し声のトーンを落として話し掛けた。
 「…ねぇ」
 「…何?」
 「あんたさぁ…別に付いてくる必要無かったんじゃない?」
 「…そうかもね」
 キリトは冷や汗をかき、苦笑する。
 二人は前方へ視線を移し、サフィンと話しながら歩いている可愛らしい少女を見た。


<-- previous / contents / next -->