ナナとサフィンはフレイアの剣の前に座り込み、ただ静かに剣を見つめていた。
時折風が吹き、二人の髪を揺らす。
風は、先程までのように冷たくはなかった。
「フレイアがあたしに言っていたこと…聞く?」
言葉と共に、二人に向かって足音が近付いてきた。
二人はゆっくりと立ち上がり、振り返る。
そこにはサリサとキリトが立っていた。
ナナはサリサの方へ向き直ると、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ、まずは…『フレイア』の伝承について話さなきゃならないわ。フレイアから…何か聞いてる?」
「いや…」
サリサの言葉に、サフィンは首を横に振った。
「そう…いい?これは、世界の約半数の人が知っている伝承よ。遥か昔、世界が創造され、様々な種族が栄え始めていた頃…」
遥か昔、世界が創造され、様々な種族が栄え始めていた頃。
『魔族』という種族の中に、他の者よりも支配欲の強いものが現れた。
その者の名を、ファーゼイスと言った。
ファーゼイスは強大な力と魔力を所持し、他種族達や同種族さえをも苦しめた。
無論、他の者達もただ黙って支配されていた訳ではなく、幾度となく反旗の旗を揚げ、ファーゼイスに立ち向かった。
しかし、誰一人としてファーゼイスに敵う者はいなかった。
人々は絶望していた。
しかし、そんな中、ひとりの女性がファーゼイスに対抗すべく立ち上がった。
女性は『フレイア』と名乗り、自分は神に選ばれ力を得たと語っていた。
深まる絶望感の中、女性の言葉を信じる者はいなかったが、女性は単身ファーゼイスの居城へ乗り込み、ファーゼイスを封印してしまった。
人々は女性を本物の神の使いとし、崇め、讃えた。
しかし、女性は忽然と人々の前から姿を消した…
「…ここまでが、一般的に伝わっている伝承よ」
そこまで一気に言うと、サリサは一旦言葉を切った。
「…『フレイア』…?」
「一般的って、どういう意味だ?」
「伝承には続きがあるの……『フレイア』に深く関わっている者達にしか伝えられていない…ね」
サリサは腕を組んで俯いた。
「女性が人前から姿を消したのは、女性の技を…そして『フレイア』の名を、次の者に継承させる為なの。何故なら…ファーゼイスがいずれ復活するであろうことが、判っていたからよ」
「!!」
その言葉に、ナナとサフィンは一瞬驚愕の表情を浮かべた。
「実際、ファーゼイスは何度か復活を遂げているわ。17代目フレイアの時…33代目フレイアの時…51代目フレイアの時…」
一度言葉を切ると、サリサは顔を上げ、サフィンを、そしてナナを交互に見た。
深く、深く、瞳の奥を見据えるように。
「…そして、今。第68代目フレイアの時よ」
「68代目フレイアって、まさか…」
「そう。あたしが…そしてあんた達が師事していたフレイアのことよ」
サフィンの問いに答えると、サリサは瞼を伏せた。
「…封印されて肉体を失ったファーゼイスは、自分と相性の良い肉体を捜し出し、のっとることで復活を遂げるのよ……レグルス=オーリキュラ=フォン=ミルトレイア……これが、現在ファーゼイスが乗っ取っている肉体の持ち主の名よ」
ナナとサフィンは驚愕し、目を丸くした。
僅かだが、キリトも反応を示したようだった。
「…本当はね…フレイアは、あんた達もあたしもフレイアも、もう少し力を身に付けてから封印に向かおうとしていたみたいなのよ…でも…」
…でも、フレイアは…レグルスに…ファーゼイスに、殺されてしまった。
サリサは瞼を開き腕を解くと、真っすぐにナナとサフィンを見つめた。
「…だから、フレイアの技を受け継いだあたし達が、何とかしなきゃいけないのよ」
急な話ということも手伝い、ナナとサフィンは無言のまま立ち尽くした。
サリサは二人から視線を外すと、キリトの方を見た。
「あんたも例外じゃないわよ。フレイアの弓術を受け継いでるんだから」
「…何だ、バレてたのか」
キリトは頭に手をやり、浅くため息をつく。
「キリトもフレイアに何か教わってたの?」
問い掛けられ、キリトはナナの方を見た。
「俺は直接教わった訳じゃないんだけどね。俺の住んでいた里に、47代目が残した弓術が伝わっているんだ。俺はその技の継承者って訳」
キリトは親指を立て、とん、と自分の胸元に当てがった。
サリサは二人に視線を戻す。
「まあ、つまり、あたし達で協力してファーゼイスを封印しなきゃならない訳なのよ。でも、強制ではないわ。『フレイア』じゃないんだから、ノーと言うことも出来る…」
「私、やるよ」
サリサの言葉を、ナナが遮った。
ナナは俯き、胸元で拳を作ると、ゆっくりと顔を上げてサリサを見据えた。
「…私、やるよ。フレイアがやろうとしていたことだから…」
皆は無言のままナナの紡ぐ言葉に聞き入った。
「私はフレイアの意志を継ぐ。レグルスを…ファーゼイスを、封印してみせる」
澄んだ、よく通る声。
その声に、迷いは無かった。
ナナの言葉を聞き、サリサは口許に笑みを浮かべた。
「あたしも協力するわよ」
「俺も、ね」
サリサとキリトは、言いながらナナの方へ歩み寄る。
「あとは…」
三人は、サフィンの方を見た。
サフィンは皆に背を向け、フレイアが愛用していた剣の前に立ち、俯いている。
「…サフィン…?」
ナナが問い掛けると、サフィンはゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「…フレイアに、言われたからな…」
「え?」
――ナナを守るんだよ。
サフィンの脳裏には、この言葉が焼き付いていた。
サフィンは剣に手を掛け引き抜くと、高くかざした。
すっかり傾いていた太陽の光が剣に反射し、紅い光を放つ。
「…俺も行くよ」
そう言ったサフィンの表情は、凛としていた。
サフィンは剣を下ろし、振り返った。
四人は顔を見合わせると、笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
誓うよ、フレイア。
俺は、ナナを守る。
もちろん、フレイアに言われたからじゃない。
…これは、俺の意思だ。
翌日。
ようやく里の者全員の墓を作り終えた四人は、里の入り口に立っていた。
四人はナナとサフィンを前にして、里の方をじっと眺めている。
しばらくすると、ナナとサフィンが振り返った。
「もういいの?」
「うん」
サリサの言葉に、ナナは頷きながら答えた。
「そう、じゃあ、行きましょうか」
四人はロサ・ガリカに背を向け、歩き出した。
プラチナの森に入り、十数分が経過した頃。
キリトと共に地図を見ながら歩くナナを見ていたサフィンは、ナナから視線を外すと、自分の右腰辺りに視線を移した。
そこには、かつてフレイアが愛用していた白銀の剣が下がっている。
サフィンは剣の柄にそっと手を添えた。
「…何て言われたの?」
突然問い掛けられ、サフィンは声のした方を見る。
そこにはいつの間に隣に来たのかサリサが立っており、サフィンの顔を不思議そうに覗き込んでいた。
「何て…って…?」
「フレイアによ。あんた、崖の上で言ってたじゃない」
「ああ、あれは…」
そう言うと、サフィンはサリサから視線を外した。
心なしか、頬が赤らんでいるようにも見える。
答えを待つようにサリサが見ていると、サフィンは突然足を速めた。
「ちょ、ちょっと…!」
サリサも慌てて追いかける。
「秘密!」
振り返らずにそれだけ言うと、サフィンは益々足を速めた。
サリサは問いただすのを諦めたのか、歩く速度を元に戻し、肩をすくめた。
その口許には、笑みをたたえて。
「まあ、いっか」
そう言うと、サリサは前方を歩く三人に合流する為に足を速めた。
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