the past 集結−1

 アリストラル大陸に広がる深い森の一部。
 ヴァリアと呼ばれる森の一角に、その建物はあった。
 三階建て程の高さのある、白い石造りの壁。
 赤茶色の急角度な屋根。
 他所よりも少しだけ高い、最上部に大きな鐘の付いた塔。
 ステンドグラスの窓。
 一般的に、鐘会と呼ばれる建物だ。
 その鐘会の奥、大聖堂と呼ばれる場所で、一人の女性がひざまづき、大地母神の像に祈りを捧げていた。
 大聖堂の中は暗く、明かりといえば、像の上にある大きなステンドグラス越しに入り込んでくる月の光だけだった。
 月の光は、丁度女性のいる辺りを照らし出している。
 ひざまづくと床にまで落ちる女性の長い銀色の髪が、光を受けて幻想的な輝きを放っていた。
 「…見つけた…」
 そう呟くと、女性はゆっくりと瞳を開く。
 大地の色を映しているかのような、レッドブラウンの瞳だった。
 女性は立ち上がり振り返ると、大聖堂の入り口付近に視線を移した。
 そこには、闇に溶け込む黒い服を身に纏った長身の男性が立っていた。
 男性は入り口付近の壁に寄りかかり、腕を組んで俯き加減に立っていたが、女性が近付いてくるのに気付くとゆっくりと顔を上げた。
 「…どこだ」
 近付いてくる女性に対し、男性はそれだけを言った。
 「プラチナの森の中。タスカローラの方へ向かっているみたい。でも…何か、おかしいわ」
 女性は答えながら男性に近付き、男性の前に立った。
 「確かに、気配はするの。でも、気配がとても弱々しくて…本当にフレイアなのかどうか、良く判らない」
 「だから、確かめに行くんだろう」
 「ええ、そうね」
 女性は柔らかく微笑むと、男性の目に掛かる程長い前髪をそっと指で梳き、男性の耳に掛けた。
 すると、耳に掛かりきらなかった髪がさらさらと流れ、再び男性の目の上に落ちてくる。
 夜の空の色に近い、深い蒼色の髪。
 「前髪、煩くないの?」
 「別に…」
 女性の問いに、男性は短く答えた。
 「そう?じゃあ、留守はティアに任せて、行きましょうか」
 そう言うと、女性は視線を右前方に移した。
 そこには、いつの間に現れたのか、夕焼け色の長い髪を一つに束ねた、紅い瞳の女性が立っていた。
 紅い瞳の女性の顔は左半分が長い前髪で覆われていて、片目しか見えていない。
 「行くんだろ?必要そうなものはこん中に入れといたから」
 紅い瞳の女性は両手に持っていた布袋を胸の高さまで上げ、二人に近付いてきた。
 女性は微笑みながら、男性は無表情のまま、布袋を受け取る。
 「ありがとう、ティア」
 女性が言うと、ティアと呼ばれた紅い瞳の女性は微笑んだ。



 「道中気を付けてな。魔物とかに…って、アンタ達に限ってその心配は要らないか」
 「ふふ…料理するのは苦手だけど、頑張るわ」
 「苦手なのは食べる方の料理だろ。大体、あれは『苦手』の域を越えてるだろ」
 「まあ、そうよね」
 「自分で納得する位だからな」
 「誰でも得手不得手はあるわ」
 ここで一旦会話が途切れ、三人は足を止めた。
 大聖堂から外へとつながる通路を抜け、外へ出た為だ。
 最も…会話とは言っても、男性は一言も発言していなかったが。
 「じゃあ、行くわね」
 「ああ……ソフィア、シセル…本当に、気を付けて」
 「大丈夫よ」
 微笑みながら言うと、女性と男性…ソフィアとシセルは、タスカローラへ向かって歩き出した。
 ティアは二人の姿が見えなくなるまで見送ると、一人、暗い鐘会の中へと姿を消した。







 数日後、タスカローラの街。
 タスカローラは商業の発展する街ということもあり、街中が様々な商品と人々とで溢れ返り、賑っていた。
 大通りは全て店で埋まっているのにも関わらず、更に路上に商品を広げ商売をする者もいる。
 見たことのない数の店。
 行き交う人々。
 その光景に、ナナとサフィンは見入っていた。
 「ちょっと、二人とも。田舎者丸出しよ」
 口を開けたまま大通りを見ている二人に、サリサは呆れ顔で言った。
 二人はサリサの言葉にはっとして振り返り、少し恥ずかしそうな素振りを見せる。
 「だ、だって、こんな大きな街、初めてなんだもん」
 「里から出たことないの?」
 「何回かはあるけど、ここよりはずっと小さい街だったから…」
 「じゃあ、多分それはナチェの街ね。あそこなら必要最低限のものは揃うし。でも、旅支度を整えるなら、何といってもここ。タスカローラよ」
 サリサは微笑み、両手を広げてみせた。
 ナナは再び大通りを見回すと、ぱっと振り返り、サリサの方を見る。
 期待に満ち溢れている、活き活きとした表情で。
 「ねぇ、サリサ…」
 「な…何…?」
 あまりの眩しさに、サリサは思わず一歩後ずさる。
 「街の中を見て回ってもいい?」
 そう言って、少し首を傾けるナナ。
 何だ、そんな事かと思い、サリサは了解の言葉を紡ごうとするが、それはサフィンによって阻止された。
 「もし『いい』と言うつもりなら…」
 背後から、低ぅい声で小さく呟く。
 サリサは身体をびくりと震わせ、顔だけ振り返った。
 サフィンの表情は沈んでおり、心なしか青ざめているように見える。
 「最低でも明日の朝まで連れ回されるのは覚悟しておけよ…」
 変わらずの低い声に、サリサは冷や汗を流した。
 「な、何で…」
 「以前、そのナチェっていう街に行った時…俺とフレイアは、5時間は連れ回された経験がある…」
 その言葉でサリサの顔は青ざめ、冷や汗の量も一気に増えた。
 ギ、ギ、ギとロボットのように首を動かし、ナナの方を見る。
 ナナはサリサの答えを待ち望み、きらきらと瞳を輝かせていた。
 ナチェの面積はタスカローラの五分の一程度。
 それを、今『いいよ』とでも言おうものなら、一体何時間連れ回されるか判らない。
 しかし、あの期待を裏切る訳には…
 サリサの心の中の葛藤、約十秒。
 出した答えは…
 「でも、ほら…旅支度が先だし、できるだけ先を急がなきゃならないし…ね?」
 サリサの言葉を聞き、ナナの表情は一気にしゅんとする。
 「そっか、残念」
 「ごめんね。また今度ね」
 サリサは罪悪感を覚えつつも、心のどこかでは安堵していた。
 「じゃあ、まずは宿を取ろうか。早めに取っておかないと部屋がなくなる」
 「宿屋?どこにあるの?」
 フォローするように言ったキリトの言葉に、ナナの表情はぱっと明るくなる。
 「そうだな…大通りを抜けて左に曲がってすぐのところに、比較的安くて良い宿があったかな」
 「じゃあ、行こう!」
 言うのと同時に、ナナは駆け出していた。
 その後ろ姿を、サリサは複雑な表情で見送る。
 「無理…してんのかしら」
 「ん?」
 独り言のように呟いたサリサの言葉に、サフィンは反応した。
 「あんな事があったのに、あんなに明るくして…あたし達に気を遣って無理してんのかなって、思った訳よ」
 数秒、サフィンはサリサの横顔を見ていたが、ナナの方へ視線を移すと柔らかく微笑む。
 「…違うと思うよ」
 「え?」
 サリサはサフィンの方を見る。
 「無理をしているんじゃなくて、頑張ろうとしているだけだよ。自分に何か出来ることがあるのなら、それを頑張ってみようって…そう思ってるだけだと思う」
 ナナを見るサフィンの眼差しは、とても優しかった。
 (…惚れてんのね)
 サフィンを見てサリサは目を細めると、ナナの方へ視線を移した。
 「そっか。なら良いわ」
 そう言うと、サリサはナナとキリトの後を追う。
 サフィンもそれに続いた。



 「二部屋、で良かったよな」
 「私の名前で取ってきちゃった」
 宿のカウンターから戻ってきたナナとキリトが、待っていたサフィンとサリサにそう言った。
 ナナは手に部屋の鍵を握り、心底嬉しそうな顔をしている。
 初めてのおつかいに成功した子供のようだ。
 「そうね、いいわよ。じゃあ、部屋に荷物を置いて…」
 そこまで言うと、サリサは言葉を切った。
 サリサの肩を抱くようにしてキリトが手を添えてきたからだ。
 「何なのよあんたは」
 サリサは冷たく言い放つ。
 「もちろん、部屋割りはこうだろ?」
 サリサの態度などお構いなしに、肩に腕を回したまま、キリトは逆の手で宙に境界線を描いた。
 四人は境界線により、ナナとサフィン、サリサとキリトとに分けられている。
 「え…?」
 「いや、でも…」
 ナナとサフィンは冷や汗を流し、困惑した。
 サリサは、というと、先程から表情を変えないまま額に青筋を幾つも浮かべている。
 はっきり言って、恐い。
 「まあ、これが自然かつ当然な部屋割りだよな。あぁ、でも一つ注意点。あんまり声を出すと他の客の迷惑にな…ぶっ!」
 そこまで言うと、キリトは後ろ向きに床に倒れた。
 サリサの裏拳がキリトの顔面に見事にヒットしたからだ。
 「あんたはお子様の情操教育に悪いからこの辺でくたばっときなさい」
 サリサの背後には怒りの暗雲が渦巻いている。
 「俺は死ぬ時はサリサの腕の中…」
 キリトは顔を押さえながらふらふらと立ち上がった。
 「ほぅ。そんなにあたしの手で殺して欲しいのね?じゃあお望み通り今すぐ殺ってあげるわ」
 「あ…あのっ!」
 他の客達も怯え始めたので、ナナは勇気を出して二人の間に割って入った。
 「部屋に荷物を置いたら、まずは何をするの?」
 ナナの言葉でサリサは正気に戻ったようだ。
 「あぁ、ごめん。そうね、まずは情報を集めましょう。かつてのフレイア達がファーゼイスを封印してきた方法についての、ね」
 「封印する方法…」
 「そうよ。流石にそればかりはあたしも知らないし…多分、あんた達もフレイアから何も聞かされてないんでしょ?」
 ナナとサフィンは、首を縦に振る。
 「でも、それなら尚更他の人は知らないんじゃ…」
 「まあ、そうなんだけどね。あたし、いい情報屋知ってんのよ。駄目で元々、とにかく行ってみましょ」
 サフィンの問いに、サリサは人差し指を立てながら答える。
 ナナは、ゆっくりと頷いた。


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