the past 集結−4

 翌日、早朝。
 ベッドから降りたナナは、窓を開け放つと大きく伸びをした。
 朝日が気持いい。
 今日も晴れそうだな、とナナは思った。
 服を着替え身支度を整え終わると、サリサも起きてくる。
 「早いのね」
 「うん。毎朝修行してたから」
 サリサは眠たそうに大きく欠伸をすると、身支度を整え始めた。



 スカーレットの情報によると、ヴァリアの森を北東にしばらく進むと神殿があるらしい。
 タスカローラからヴァリアの森までは、急ぎ足でも十時間はかかる。
 森の中を探索しなければならないことを考えると、今日中に森の前まで着いておきたかった。
 そのため、早朝に街を出ることにしたのだ。
 「朝食は歩きながら食べるしかないわね。で、休憩がてら昼食を取って…夜は森の前で野宿することになるだろうから、魔物を警戒しないとね」
 荷物をまとめながら、サリサが言った。
 既に準備が済んでいたナナは、のほほんとした表情でそれを聞いている。
 「野宿かぁ…野宿、楽しいよね。キャンプみたいで」
 「まぁ、魔物が出なければね。あと、お風呂に入れないのが辛いところだけど」
 会話が終わる頃にはサリサの準備も終わっている。
 鍵を持つと、二人は部屋を出た。
 部屋の前では、二人より先に準備を終えていたサフィンとキリトが待っていた。
 二人が出てきたのを確認すると、キリトは「よっ!」と言って右手を軽く挙げる。
 「さてと。じゃあ、早速行きましょうか」
 サリサの言葉に頷くと、四人は宿を出た。





 早朝ということもあり、街中に人影はあまり見当たらない。
 大通りでさえも人足は少なかった。
 四人は大通りを抜けると、街へ入った時とは逆側にある出入り口へと向かう。
 ヴァリアに行くのならこちらから出た方が早いのだ。
 歩きながら、今日どのような進路を取るのかということをサリサが説明する。
 旅をし慣れていることもあり、サリサの計画には無駄や誤りが殆ど無い。
 質問はすれども、反論する者は誰もいなかった。
 「ヴァリアの森って、どの方角にあるんだ?」
 ふいに、サフィンが尋ねる。
 「街を出て、ほとんど真っすぐよ。途中細い道とかにも入るけど…」
 言いながら、サリサは前方を指差した。
 指差した先には出入り口の証らしき木製のアーチが建っている。
 しかし、ふと前方を見た四人が目を止めたのは、それではなかった。
 アーチの真下に二人、人が立っており、こちらを見ている。
 サフィンたちは訝しげに首を傾けるが、ナナだけはその二人の顔を見てはっとした。
 どこかで見たことのある顔だった。
 あれは確か、大通りで…
 そう、アーチの下に立っていたのは、昨日大通りでナナのことを見ていた女性と男性だったのだ。
 綺麗な長い銀髪の女性と深い蒼色の髪の男性…間違いない。
 四人がアーチの手前まで来ると、女性が一歩前へ出た。
 四人は無言のまま立ち止まる。
 女性はひとりひとりの顔をゆっくりと見て、ナナで視線を止めると柔らかく微笑んで口を開こうとした。
 だが、男性が女性の前に出てきてそれを止めた。
 女性とはうって変わり、男性は睨むようにしてこちらを見ている。
 やがて、男性もナナで視線を止めると口を開いた。
 「お前が『フレイア』か?」
 訳が判らず、ナナは困惑した表情を見せる。
 「ちょっと、あんた、どちら様よ?」
 眉をひそめてサリサが尋ねるが、男性はサリサの問いには答えずにナナだけを睨み付けている。
 しばしの間その状態が続いたが、男性はしびれを切らしたようにして口を開いた。
 「…答えられないのなら、こうするしかないな…」
 そう言いながら、ゆっくりと目を伏せる。
 すると、後ろで静かに様子を見ていた女性がはっとして男性の方を見る。
 「ちょっと、シセ…」
 止めようとしたが、遅かった。
 女性が言い終える前に男性は左の腰に携えていた剣を一瞬のうちに抜き、もの凄いスピードでナナに向かっていく。
 突然の出来事に、ナナも、サリサもキリトも構えるのが一歩遅れた。
 男性は容赦なくナナに剣を振り下ろす。
 しかし、それとほぼ同時に、ナナの前に何者かが飛び出してきた。
 次の瞬間、金属同士がぶつかり合う鋭い音が辺りに響いた。
 ナナはゆっくりと構えを解き、目の前の人物を見る。
 ナナの前に飛び出してきtなおはサフィンだった。
 サフィンは男性の振り下ろした剣を自分の剣で受け止め、男性を睨み返している。
 普段は見せることのない、厳しい表情だった。
 辺りが静まり返る中、剣が擦れ合う嫌な音だけが響く。
 「何のつもりか知らないが、戦うのなら俺が相手をしてやる。ナナには手を出すな」
 厳しい表情を変えないまま、サフィンが言った。
 男性は跳躍して後ろへ下がり、サフィンとの距離をとる。
 「…俺が戦いたいのは『フレイア』だ。そこをどけ」
 「俺はフレイアに師事していた。戦う相手としては充分だと思うが…?」
 サフィンの言葉に、男性は僅かに反応を見せる。
 戦うつもりになったようだった。
 しかし、それを制止するようにして女性が口を開いた。
 「シセル…」
 「本物かどうか確かめるのなら、実力を見るのが一番手っ取り早いだろう」
 女性の呼び掛けに、男性…シセルは振り向きもせずに答える。
 女性は頬に手を当ててため息をつき、「仕方ないわねぇ」と呟いた。
 「そういう訳だから、ナナは手を出すなよ」
 「…でも…」
 サフィンが顔だけ振り返ると、ナナが心配そうな表情でサフィンを見上げていた。
 サフィンは一度構えを解き、ナナに笑みを向ける。
 「大丈夫…約束、したからな」

 …ナナを守るって、誓ったから。

 「約束…?」
 ナナが問い掛けるが、サフィンはそれには答えずにシセルに向き直る。
 表情は、先程までの厳しいものに戻っていた。
 数秒、二人は睨み合っていたが、どちらからともなくじりじりと距離を詰め始める。
 見守る者の緊張感も高まり、サリサは息を呑む。
 次の瞬間。
 二人は一瞬のうちに跳躍して距離を詰めた。
 元いた位置の中心辺りで一度互いの剣を弾き、シセルが水平に薙いだ剣をサフィンがかわし、かわしながら身体を反転させて剣を振る。
 シセルもその攻撃を辛うじてかわす。
 …速い。
 サリサは、一連の行動を目で追うのがやっとだった。
 フレイアから魔術を享受し、幾多の実戦経験を積んだサリサでさえそうなのだから、戦う能力の無い者から見たら一体何が起こっているのか判らないかもしれない。
 サリサは横目でキリトとナナを見る。
 二人とも、先程までとは明らかに違う眼差しでサフィンとシセルを見ていた。
 二人の目には、戦いの全てが見えているようだった。
 (侮れないわね)
 そう思い、今度は戦う二人を挟んで反対側にいる女性に視線を移す。
 すると、女性と目が合った。
 サフィンは強いわよ。
 …本気で戦ったところ、見たこと無いけど。
 そう、視線で語り掛けてみる。
 女性はサリサを見て微笑むと、同じような視線を返してきた。
 サリサも微笑み返し、今度は戦う二人に視線を戻す。
 相変わらず、ハイスピードの攻防が続いていた。
 紙一重で攻撃を避けているせいか、二人とも所々服が裂けている。
 見たところ、速さではサフィンの方が僅かに勝っているようだった。
 今のところ、勝負はほぼ互角。
 剣がぶつかり合い、距離を取る為にお互い逆方向へ飛び、着地したところで二人の動きが止まる。
 次の攻撃で勝負に出るつもりのようだ。
 互いに相手の出方を伺い、慎重に距離を詰めていく。
 そして、ほぼ同時に勢いよく地を蹴った。
 しかし。
 二人の身体に植物の蔦のようなものが巻きつき、二人の行動を阻止した。
 蔦のようなものは両手足にしっかりと巻きついている為、二人とも身動きが出来ずにいる。
 「!!」
 「何だ、これ…!」
 サフィンは抵抗を試みて腕に力を込めるが、振り解けそうもない。
 ナナ達も訳が分からず呆然としている。
 すると、女性が二人の間に入ってきた。
 「ソフィア…お前の仕業か…」
 シセルの言葉に、女性…ソフィアは笑みだけを返し、口を開いた。
 「私の勝ちね」
 「は?」
 予想だにしていなかった言葉に、その場にいた全員が呆気にとられる。
 思わず声を上げたのはサリサ。
 「この状態なら、私は貴方達の剣を奪って貴方達を殺すことだって出来る。だから、この勝負は私の勝ち。一件落着ね」
 ソフィアは口許に手を当て、のん気に笑ってみせる。
 そのお陰で、先程までの緊張感は見事なまでに消え失せていた。
 少しすると、サフィンとシセルに巻きついていた蔦のようなものがひとりでに解かれていく。
 それは地面に吸い寄せられるようにして小さくなり、やがて雑草へと変わった。
 「これは…?」
 「それは、私の能力。自然界に存在するあらゆるものを操る力…風水の力よ」
 サフィンの問いに答えると、ソフィアはゆっくりとナナの前に歩み寄ってきた。
 「手荒なことになってしまって、ごめんなさい。私達、貴女に用があるの」
 「…私に?」
 ナナが首をかしげると、ソフィアはゆっくりと頷いた。
 「貴女を、捜していたの。次なる『フレイア』に相応しき者を、ね」
 その言葉にナナ達が不思議がる中、サリサだけが、人知れず眉をひそめていた。


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