皆の元へ戻ってきたサリサは、戻ってくる前よりは覇気を取り戻しているように見えた。
ナナ達はひとまず安心し、夕食を取ることにする。
夜は魔物を警戒し、二人一組で順に見張りをすることにしたが、その日は魔物に襲われることもなく、ゆっくりと休息を取ることが出来た。
翌日の朝、ナナ達は朝食を取ると、神殿へ向けて出発することとなった。
「ここから神殿までは、迷いさえしなければ正午までには到着するわ。それから…森に入ったら、魔物が急に襲い掛かってくることもあるから、十分に気を付けて」
ソフィアの言葉にナナ達は頷くと、再びソフィアとシセルを先頭にして森の中へと入っていく。
森の中は鬱蒼としており、道らしい道は見当たらなかった。
長時間その場にいたら、方向感覚が狂ってしまいそうだ。
しかし、ソフィアとシセルは迷うことなく歩みを進めていく。
二人に続いて数十分歩くと、ようやく開けた場所へ出た。
「ここから先は、道らしい道になっているから…」
そう言ってソフィアが振り返った、次の瞬間。
皆のいる場所の四方の茂みから、十数体の魔物が一斉に飛び出してきた。
集団で行動して獲物を捕らえる、レッドジャッカルという狼型の魔物だ。
無論、爪や牙は狼よりも鋭く、体長も倍以上は大きい。
常人がこの魔物に襲われたら、一瞬にして肉塊と化すしか道はないだろう。
ただし、それは襲われたのが常人ならばの話である。
勝負は僅か数秒で着いた。
ナナ、サフィン、シセルが他三人を守るようにして飛び出し、一人数体ずつ確実に一撃で仕留めるのと同時に、そのすぐ横すれすれのところをキリトの放った矢が飛び、後続を数体射抜く。
続けてソフィアの術により、残りの魔物全てが植物の蔓によって動きを奪われ、先発の三人が後ろへ飛び退くのと同時にサリサの呪文詠唱が完了し、六人の周囲に炎の柱が幾つも現れ全ての魔物を焼き尽くしていった。
ナナ達は円陣を組むようにして背を向け合い、構えたまま炎が消えていく様を見守る。
炎が消え、魔物がすべて灰になったのを確認すると、ナナは大きく息を吐いて構えを解いた。
「はぁ〜…びっくりしたぁ。本当に突然襲ってくるんだね」
「私も驚いたわ」
そう言うとソフィアは振り返り、ナナ達を見る。
魔物の出現に対する反応の速さ、動く標的の心臓を的確に射抜く正確さ、中級魔術の威力の高さ…
そのどれもさることながら、何よりソフィアが驚かされたのは、ナナとサフィンの動きの速さだった。
一瞬の間で、ナナは三体、サフィンは四対の魔物を仕留めていたのだ。
ソフィアが見てきた中では一番の強者であるシセルでさえ、三体だったというのに。
しかも、二人とも本気を出していたとは思えない。
それはその場にいる全員についても同じことが言えるが、特に二人の強さに驚嘆したのは事実だった。
その証拠に、シセルも横目でナナとサフィンを見ている。
シセルの様子を見て、ソフィアは微かに目を細めた。
「あの、ソフィアさんの術って、何ていうんでしたっけ?」
「術?これのことかしら?」
ナナの問いに答えながら、ソフィアは軽く右手を挙げる。
すると、近くの木に巻き付いていた蔓がまるで意志を持つかのようにして動き、挙げられていたソフィアの右手に巻き付いた。
それを見て、サリサも口を開く。
「あたしも気になるわ。あなたは風水術って言ってたけど、それとは少し違うみたいだし」
「そうね。私の術は、純粋な風水術ではないわ。基本は風水術で、それに魔術を付加しているの」
言いながらソフィアが手を降ろしていくと、蔓もソフィアの手から離れ、元の木に戻っていく。
「魔術を付加?そんなことが出来るの…?」
「ええ。まぁ…その場に存在するものしか操ることが出来ないという難点はあるけれど…」
サリサの興味深げな問いに、ソフィアは笑みを向ける。
サリサはソフィアの術について理解したようだった。
しかし、ナナは首を傾げ、よく分からないという表情をしている。
「難しく考える必要は無いわ。つまり、魔術のまがいものということよ」
ナナに向かって言いながら、ソフィアは再び歩き出す。
ナナ達もその後に続いた。
正午になる、少し前。
ナナ達の視界に、鬱蒼とした森には相応しくない建物が飛び込んできた。
三階建て程の高さのある、白い石造りの壁。
赤茶色の急角度な屋根。
他所よりも少しだけ高い、最上部に大きな鐘の付いた塔。
ステンドグラスの窓。
神殿というより鐘会といった方がしっくりくる。
少し進むと開けた場所へ出て、建物の全容が明らかになった。
今まで進んできた森の中とはうって変わり、建物の周囲十数メートルには陽の光が差し込んで神聖な雰囲気をかもし出している。
まるで、その場所だけが別世界のようだった。
ナナはその建物に…特に、出入り口の上方にある大きなステンドグラスに見入っていた。
ステンドグラスには、剣を掲げ、翼を広げた女性が描かれている。
雲の流れに合わせてゆらめく陽の光によって照らされたそれは、とても美しかった。
呆けているナナを見て、ソフィアは口許に手を当てて微笑む。
「中から見るともっと綺麗よ」
ナナは一旦ソフィアの方へ視線を移すが、すぐに視線をステンドグラスへ戻し、再び見入る。
すると、サリサがナナの隣に歩み寄ってきた。
「剣を掲げ戦う天上人…か。まるで、フレイアみたいね」
ステンドグラスを見つめ、誰にともなくそう呟く。
それを聞いて、ソフィアは入り口前まで進むと、皆の方へと振り返った。
「そうね。このステンドグラスは『フレイア』の姿を模したものだもの」
そう言って、深々と礼をする。
「ようこそ、天上人の聖域へ。ここは、代々フレイアの知識を受け継ぐ者の住まう場所よ」
言い終えると、ソフィアは顔を上げて微笑んだ。
「さあ、中へどうぞ」
扉を開くと、ソフィアはナナ達を中へと招くような仕草をする。
ナナ達は一度顔を見合わせると、ソフィアとシセルに続いて中へと入って行った。
中へ入ると、長く、真っすぐな通路が続いていた。
通路の左右の壁の所々には扉があり、正面の一番奥にも大きな扉がある。
ナナ達は通路を進み、一番奥の大きな扉の前へ出た。
扉の前は小さなホールほどの広さがあり、近付いてみて初めて判ったが、扉は通路よりも幅も高さもある。
ナナは扉の前まで歩み寄ると、そっと扉に手を添えた。
「…大きな扉…」
「ここは、大聖堂よ」
ナナの言葉に、ソフィアが説明するようにして言う。
すると、上の方から誰かの足音が聞こえてきた。
ナナ達が振り返ると、今まで通ってきた方が二階建てになっており、奥の方から一人の女性が姿を現す。
「何だ、やっぱりソフィアか。お帰り」
ソフィアの姿を確認するなり、女性はそう言った。
「ただいま、ティア」
ソフィアは微笑み、女性の言葉に応える。
「シセルも、お帰り」
そう言いながら、ティアと呼ばれた女性はホールへの階段を降りてくる。
ティアの言葉に、シセルは短く「ああ」とだけ言った。
ホールへ降りると、ティアはその紅い瞳でナナ達を見て、最後にナナで視線を止める。
「ソフィア…この子が、フレイアなのか?」
突然の言葉に、ナナは僅かに首を傾ける。
「いいえ。その子はまだフレイアではないのよ」
「そうか」
ティアは一度ソフィアの方を向いたが、すぐにナナの方へ視線を戻した。
ナナも山葡萄色の瞳でティアを見返す。
再び出た、フレイアの話題。
様子が気になってキリトが横目でサリサを見ると、サリサは僅かに眉をしかめていた。
「あの…」
ティアの方を見たまま、ナナが口を開きかける。
しかし、サフィンがナナの前に出てきたことで言葉は遮られた。
「昨日から思っていたことだけど…ナナが『フレイア』って、どういうことなんだ?」
サフィンの言葉にティアは右手を頭にやり、ソフィアの方を見る。
「何だ、まだ説明してなかったのか」
「ええ。ここに着いてから説明することになっていたのよ」
ティアは呆れたような表情をし、ナナ達の方へ視線を戻した。
「それじゃあ、突然で少し失礼な形になったか。悪かったね」
ティアが言うと、ナナは首を小さく左右に振る。
すると、ソフィアがティアの横へと歩み寄ってきた。
「そう言えば、紹介がまだだったわね。彼女はルーティア。私達と一緒にここに住んでいるのよ」
その言葉に、ナナは昨日の話を思い出したような仕草を見せた。
ソフィアは言葉を続ける。
「ティア、こちらは、ナナ、サフィン、サリサ、キリトよ」
「ルーティアだ。ティアでいいよ。よろしく」
言いながら、ティアはナナ達に笑みを向けてきた。
「あ、あの、よろしくお願いします!」
ナナはぺこりと一礼する。
続けて、サフィン、サリサ、キリトも浅く一礼した。
「さて、説明するんならこんな所に突っ立ってても仕方ないだろ。昼飯作ってやるから、どこかに座ってもらったらどうだ?」
ティアが言うと、ソフィアは口許に手を当てて「それもそうね」と呟く。
「それじゃあ、昼食を取りながら説明するわ。ついて来て」
そう言ってソフィアは通路の方へ戻り、一番近い扉を開け、中へ入っていった。
すぐ後にシセルとティアもついて行く。
ナナ達がその様子を見ていると、最後に入ったティアが部屋の中から顔を出し、ナナ達に向かって手招きをしてきた。
「行こう」
ナナが言うと、サフィン達は小さく頷く。
そして、ナナを先頭に、ソフィア達の向かった部屋の中へと入っていった。
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