the past フレイア−2

 光が収まりしばしの時が経つと、ソフィアがナナから視線を外し、口を開いた。
 「あとは、彼女が資格を得て帰ってくるのを待つしかないわ。上に戻りましょう。
 そう言って階段の方へ向かうと、シセル、ティアとその後へ続く。
 サリサとキリトも後へ続くが、サフィンが動こうとしないのに気付き、足を止めた。
 「おい、サフィン…戻らないのか?」
 「俺は…ここにいる」
 キリトの問いに、サフィンは振り向きもせずに答えた。
 その言葉を聞いてソフィアは足を止め、振り返る。
 「どれくらいの時が掛かるか、判らないのよ?それでもここにいるの?」
 「ああ」
 サフィンはやはり振り返らずに短くそうとだけ答えた。
 その様子を見てキリトは僅かに目を細め、口許に笑みを浮かべる。
 「ま、本人がいるって言ってんだから、いいんじゃないの?」
 「そうね。物心つく前からずっと一緒だったんだし、何だかんだ言って、ナナを一番心配してるのもサフィンよね」
 「愛だな」
 「愛よね」
 「なっ!!違っ…」
 キリトとサリサがからかうようにして言うと、サフィンは流石に顔を赤くして振り返った。
 ソフィアは「あら、そうなの」と言って口許に手を当てて微笑み、ティアもからかうような笑みを浮かべている。
 サフィンが照れたようにして皆に背を向けると、皆は階段の方へと戻っていった。
 階段へと向かいながら、シセルがサフィンの後ろ姿を見ていたが、サフィンはそのことには気付かなかった。







 ゆるやかな流れに乗って、徐々に下の方へと流されていく。
 水の中にいるようなのに、浮遊感もある…そんな不思議な感覚で、ナナは目を覚ました。
 ゆっくりと視線を巡らすが辺りには何もなく、時折、透明な泡のようなものがコポコポと音を立てて通り過ぎていく。
 心地よい浮遊感の中でナナは目を閉じ、流れに身を任せながら、母親の胎内ってこんな感じなのかな、などと考えていた。
 すると、突然頭の中に声が響いてきた。



  戦うべくして生まれてきた者よ
  剣を取り
  弓を構え
  命尽きるまで 戦いなさい

  感情こころをもつことなく
  涙を流すことなく
  戦い続けなさい

  なぜならそれが あなたの宿命さだめ
  戦女神フレイアの名を冠する者の 宿命さだめなのだから



 『声』というより、『歌』といった方が正しかったかもしれない。
 美しく、哀しい歌だった。
 歌がやむと辺りの景色が突然変わり、流されているようなかん書くが無くなる。
 ナナがゆっくりと瞳を開くとそこは何処かの城内のホールのような場所で、その中央辺りに一人の女性が静かに佇んでいた。
 黄金(きん)色の長い髪を一つに束ねた、美しい女性だった。
 その女性が足許よりも下に見えていることで、ナナは初めて自分が宙に浮いていることに気付く。
 ナナが女性を見ていると、突然頭の中に聞き覚えのある声が響いてきた。
 『あの女性が、初代のフレイアです』
 声の主は、ジェネシスのようだった。
 「初代の、フレイア…」
 『先程、歌を聞きましたね?』
 「うん」
 『彼女は、生まれた時からフレイアとなるべく定められていました。その為か…先程貴女の聴いた歌に従うようにして育っていきました』
 ふと、ナナが女性の方に視線を移す。
 女性は厳しい表情でただ前だけを見つめていた。
 「彼女は…何をしているの?」
 『彼女はこれからこの場所に現れるファーゼイスを待っているのです。貴女は、その時の彼女の記憶を見ているのです』
 程なくして、女性の十数メートル手前の空間が一瞬歪み、一人の魔族が姿を現した。
 間像は、褐色の肌、銀色の髪、赤い瞳という外見で、口許に不敵な笑みをたたえたまま女性の方へと歩み寄っていく。
 「お前か?フレイアというのは」
 「そうだ」
 ファーゼイスの問いに女性は短く答え、腰に携えていた剣を抜き、構える。
 それは、現在サフィンが所持しているものと同じ剣だった。
 「私は、お前を倒す為にここへ来た。勝負しろ」
 女性の言葉を聞き、ファーゼイスは哀れむような表情を見せる。
 「私を倒す為に…?ふん。それはそれは、随分とご苦労なことだな。だがそれは、どう足掻こうとも叶わぬことだ」
 ファーゼイスがそう言って剣を構えた数秒後、女性とファーゼイスはほぼ同時に地を蹴り、互いの方へ向かっていった。
 広いホールに、鋭い剣撃の音と短い掛け声が響く。
 両者とも強く、ナナは二人の戦いを目で追うのがやっとだった。
 『この戦いで彼女は勝利し、この地にファーゼイスを封印しました。そして、封印を見守る者を…次なるフレイアを捜す旅に出て、その技と心を、継承させていったのです』
 ジェネシスの言葉と共に目の前の風景は掻き消え、新たな風景が現れる。
 先程の女性、初代のフレイアが、ナナの半分くらいの年齢であろう少女に剣の稽古をつけているところだった。
 二人は手合わせをしながら会話をしている。
 「リン、よく聞け。フレイアとなるにはまず、心を捨てねばならない」
 「何故ですか?」
 女性の言葉に、リンと呼ばれた少女は女性の剣を受けながら聞き返した。
 「フレイアというのは、ファーゼイスの封印を見守り、魔を抑え、世界の均衡を保つ者。生涯戦いの中に身を置く者。その為には、心は邪魔になる」
 そう言うと、女性は手を止める。
 女性が手を止めると、少女も修行用のものらしき木製の剣を下ろした。
 「心を捨てたら、あとはただひたすらに強くなれ。それが、フレイアである者の定めだ」
 リンを見つめる女性の碧眼を、リンは真っすぐに見つめ返し、ゆっくりと頷いた。
 「…判りました」
 リンがそう言うと、目の前の風景は再び掻き消えていく。
 「…リン…?」
 『2代目のフレイアの真の名です』
 ナナの呟きに、ジェネシスは淡々と答えた。
 「私の知っているフレイアにも、本当の名前があるの?」
 『勿論です。知りたいですか?』
 ジェネシスの言葉に、ナナは無言で頷く。
 『68代目の真の名は、このままフレイア達の記憶を辿っていくことで、知ることになるでしょう』
 ジェネシスが言うと、再び目の前に新たな風景が現れ、掻き消え、また現れる。
 風景のひとつひとつが、まるで今まで忘れていたいた記憶のように頭の中に流れ込んでくる。
 その現象は、幾度となく続いた。
 『こうして、フレイアの技と心は代々受け継がれていきました。しかし、フレイアといえども所詮は人間…フレイアとしての在り方に、疑念を抱く者が現れるようになっていったのです』
 目まぐるしく変わっていた風景が止まり、ひとりの女性を映し出す。
 赤茶色の髪と瞳を持った女性だった。
 女性は幾人かの人間に弓術の指導をしている。
 『彼女は、47代目のフレイア…フレイアの在り方に疑念を抱き、行動に現した、初めての者です』
 女性は…47代目のフレイアは、弓術の指導をしながらこう言っていた。
 「私は、この力は一人の人間が持つべきものではないと思う。一人の人間に大きすぎる力が集まると、負の感情が芽生えかねない。フレイアといえども、人間だ。心を捨てるなど、無理なんだ」
 ナナにとってこの言葉はとても印象的で、言いながら指導をしている47代目の顔をじっと見つめる。
 しかし、次第にその風景も掻き消えていった。
 『これより先のフレイア達に、弓術の最高の技が受け継がれることはありませんでした』
 「あの人達って…」
 『そうです。貴女の知る、弓術使いの祖先です』
 再び、風景が目まぐるしく変わっていく。
 『この先は、疑念を抱く者が現れつつも、従来の通り技と心は受け継がれていきました。しかし、二十数年前…第67代目のフレイアの時、ついに負の感情を持つ者が現れたのです』
 ジェネシスが言うと、再び風景が止まる。
 そこには、一人の女性と二人の少女が映し出されていた。







 天上人の聖域セレスティアルの神殿の一室に、蒼色の髪の男性と夕焼け色の髪の女性がテーブルを囲んで座っていた。
 男性は女性に入れてもらった紅茶をゆっくりと口に運び、女性は白い表紙の聖書のような厚い書物に目を落としている。
 殆ど音の立たない静かな空間。
 そこへ、扉の開く音が割り込んできた。
 二人は視線だけをそちらへ向ける。
 入ってきたのは、銀色の長い髪の女性だった。
 「ソフィア…」
 「二階の空いている部屋で休んで貰っているわ」
 「そっか」
 ソフィアの言葉に短く応えると、ティアは聖書のような書物をゆっくりと閉じた。
 「あら、聖書なんて読んでいるの?物好きね」
 言いながら、ソフィアは空いている椅子に座る。
 それを聞いてティアは小さく苦笑し、口を開いた。
 「まぁ、読み物としては面白いよ。それより、ひとつ質問」
 「なあに?」
 「フレイアの意志に同調出来なかったら…フレイアになれなかったら、あの子は目覚めないかも知れないって…ちゃんと皆に言ってあるのか?」
 「言っていないわよ」
 真剣なティアの問いに、ソフィアはあっさりと答えた。
 流石に、ティアは冷や汗をかく。
 「言ってないわよって…」
 「まあ、大丈夫よ。これは私の勘だけれど…ナナは必ずフレイアになって戻ってくるわ」
 「戻ってこなかったらどうすんだよ」
 呆れ顔のティアに、ソフィアは微笑みを向ける。
 「そうね…戻ってこなかったら、キリトさんやサフィン君に殺されそうな勢いね」
 「相手は俺がする」
 微笑みながら言うソフィアの後に、今まで無言だったシセルが続いた。
 「お前らなぁ…」
 ティアは心底疲れたという表情をし、額に片手を当てて深くため息をつく。
 その横で、用意した自分用のカップに紅茶を注ぎながら、ソフィアが「ま、大丈夫でしょう」と呟いた。


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