the past フレイア−4

 しばしの間睨み合った後、ダリアは一歩後退し、直後、後方へと飛び上がり、窓を割って外へ飛び出した。
 室内は狭く、戦うのには有効な場所ではない為だ。
 ダリアが飛び出した直後、アグネスもダリアを追って窓から飛び出してきた。
 二人は二階の高さから軽々と着地すると、すぐさま互いの方へ向かって行き、同時に剣を振り下ろす。
 剣と剣がぶつかり合い、金属特有の鋭い音が辺りに響く。
 二人はすぐさま後方へ飛び、互いに距離を取り構えると、再び睨み合った。
 「あんたじゃ私には勝てないわ。普段の手合わせを見れば、それは明確な筈よ」
 「本当に、そう思うの?」
 自信ありげに言ってくるアグネスに、ダリアは言葉を返す。
 「あたしは、あんたとの手合わせの時に本気を出したことなんて無い」
 「へえ…じゃあ、今本気出してみなさいよっ!!」
 アグネスは左手で魔術による炎を出し、それを剣に纏わせながらダリアの方へ向かっていく。
 ダリアは振り下ろされた剣を後方へ跳躍して避けるが、剣が纏っていた炎が火球となってダリアの方へと向かって行き、紙一重で避けたダリアの髪を少しだけ焦がしていった。
 アグネスは火球を避けて体制を崩したダリアを一気に畳み掛けようと、すぐさま剣を振り下ろし、衝撃波を繰り出す。
 大気を揺るがす程の衝撃はダリアに直撃し、ダリアのいた辺りの地面を抉って土煙を巻き起こした。
 アグネスは笑みをたたえながらゆっくりと引いていく土煙の中心を見る。
 しかし、土煙が引くと、アグネスは表情から笑みを消し、驚愕した。
 そこには、身を守るようにして剣を構えたフレイアが、無傷のまま立っていた。
 フレイアを中心に数十センチ程の地面も、円形に無傷で残っている。
 「衝撃波を…縦に放出して…!」
 言いながら、アグネスは慎重に一歩後退する。
 アグネスの顔を、一筋、冷や汗が伝った。
 「あたしは…本当は、フレイアになりたくなかった」
 そう言って、ダリアは構えを解きながらゆっくりとアグネスに近付いていく。
 「ふん、だからって修行中手を抜いていたとでも言うの? 私はそんなの認めな…」
 そこまで言ってアグネスは言葉を失い、目を見開いてある一点を凝視する。
 視線は、ダリアの左頬に注がれていた。
 そこには徐々に朱い痣が…フレイアの証である朱い痣が、浮かび上がっていく。
 「継承は…もう終わっていたのか…!!」
 怒りに身体を震わせるアグネスを、ダリアは真っすぐに見据える。
 アグネスは一度ダリアを睨み付けると、家の裏手の方へと駆けていった。
 ダリアもアグネスを追って駆けていく。
 家の裏手には小さな物置きがあり、そこには修行用の武器などが保管してある。
 アグネスは壁に立てかけてある愛用の弓を取ると、物置きから飛び出し、ダリアに向かって矢を連射した。
 アグネスが放った矢は魔術による炎に包まれながらダリアの方へ向かっていく。
 ダリアは全ての矢を紙一重でかわしながらアグネスとの間合いを詰めていった。
 アグネスは舌打ちすると大きく跳躍し、上空から何十本もの炎を纏った矢を放つ。
 それはまるで炎の雨のようにダリアに降り注ぐが、ダリアが剣を大きく一振りすると、風圧で全て吹き飛ばされてしまった。
 ばらばらと地面に落ちていく矢を挟んで、二人は睨み合う。
 ダリアから視線を外さぬまま、アグネスは弓を捨てて剣を構えた。
 地面に最後の矢が落ちた瞬間、それが合図であるかのように、二人は互いの方へ突進していく。
 刹那、金属が折れる鈍い音と、肉を裂く音がほぼ同時に辺りに響く。
 それは、ダリアがアグネスの剣を折り、腹部を剣で突き刺した音だった。
 「ぐ…っあ…!」
 口の端から血を流し、アグネスは苦しそうにうめく。
 ダリアはそんなアグネスを、哀しみを含んだ表情で見ていた。
 「どうして…どうして、この力を自分の為に使おうとしない!? この力があれば、何だって出来るのに!! 世界を…手にすることだって…」
 アグネスが言うと、ダリアはアグネスから剣を引き抜いて数歩後退する。
 アグネスはその場に崩れ落ち、地面に膝を付いて右手で傷口を押さえた。
 傷口からは、とめどなく鮮血が流れ出る。
 「それじゃあ、世界を力で掌握しようとするファーゼイスと…一緒じゃないか…」
 「同じで何が悪い!!」
 ダリアの言葉に、アグネスは声を荒げる。
 「ファーゼイスの封印を見守り、復活を阻止する存在…ただそれだけの存在…それだけの人生…そんな運命に翻弄されるような生き方、私は嫌だ! 自分の存在を誇示する場を求めて…何が悪い…」
 徐々に力を失っていくアグネスの言葉を、ダリアは表情に哀しみの色を浮かべながら静かに聞いていた。
 「畜…生…っ!!」
 言いながら、アグネスは完全に地面に崩れ落ち…やがて、動かなくなった。
 ダリアは事切れて生気を失ったアグネスの顔を見ながら、ゆっくりと口を開く。
 「あたしだって、何度もそう思ったよ…だから、フレイアにはなりたくないって…そう思ってた。でも、どうして…力を誇示しようとしかしなかった…?」
 そう言うと、ダリアは眉を寄せ、何かを耐えるようにして目を閉じ、俯いた。
 「あたしにも、まだ判らないけど…何か、別の方法はある筈なんだよ…」
 ゆるやかな風が吹き、周囲の木々が微かな音を立てる。
 ダリアは、俯いたまましばらくその場を動かなかった。



 空が白み、朝日が顔を出そうとする頃、ダリアは剣と小さな荷物だけを持って、二つの墓標の前に立っていた。
 木を十字に括って地面に突き刺しただけの、質素な墓標。
 その片方に、ダリアはそっと手を添える。
 「どうして、複数の人間にフレイアの力を与えたりしたのですか…?」
 そう言うとダリアは眉を寄せ、もう片方の墓標に視線を移す。
 「こんな事をさせる為では、決して無い筈です…」
 ダリアは辛そうな表情をし、一度目を伏せるが、しばらくして目を開くと再び手を添えている方の墓標に視線を戻した。
 「あたしは…あたしなりの『フレイア』の在り方を、捜しに行きます」
 真っすぐに墓標を見据えながらそう言うと、ダリアはゆっくりと歩き出す。
 その姿は、振り返ることもなく森の木々の間へと消えていった。



 その後、ダリアは…六十八代目のフレイアは、しばらく旅を続け、焼け落ちた村の中でナナとサフィンを拾い、力を継ぐ者として育てることになる。
 そして最後は、レグルスの…ファーゼイスの手によって身体を焼き尽くされ、その一生を終えた。





 焼かれていくフレイアを見るナナの瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちる。
 しかし、ナナは決してその光景から目を逸らさなかった。
 やがてその光景はゆっくりと掻き消え、何もない、時折透明な泡のようなものが通り過ぎていくだけの光景に戻っていった。
 『よくぞ、フレイア達の記憶を受け入れました。あと、確認すべきは…貴女の、意志のみのようですね』
 ジェネシスがそう言うと、ナナの目の前にゆっくりと何者かが現れる。
 それは、ナナの良く知る人物…六十八代目の、フレイアだった。
 『彼女はフレイアの名を誰にも継がせることのないままその一生を終えました。しかし、フレイアが潰えるなど、あってはならない事…だから、その魂を私の中に留める結果となったのです』
 「魂、を…?」
 フレイアから視線を外さずに、ナナは呟く。
 フレイアはしばしの間済まなそうな表情でナナを見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
 「久し振り…だね」
 その言葉を聞き、ナナの瞳に再び熱いものがこみ上げてくる。
 ナナはこぼれ落ちる涙を拭いながら、何度も頷いた。
 「ナナ、あんたには、辛い役目を背負わせることになってしまった。あんたはファーゼイスを封印しなければならない。でも、あんたには格闘術しか教えていない……あんたは、役目を果たすことが出来るかい?」
 フレイアが言うと、ナナは真っすぐにフレイアを見据え、微笑む。
 「フレイア…ううん、ダリア…私ね、どうしてダリアの前のフレイアが2人の人間に力を与えたのか、判るような気がするよ」
 フレイアは真っすぐにナナの瞳を見返し、静かにナナの言葉を聞く。
 「フレイアの役目や力は大きすぎて、1人では心が押し潰されてしまう。人間だもん、当然だよね。でも、1人じゃなければ…仲間がいれば、苦しみを分かち合うことが出来るって…そう、思ったからじゃないかな」
 そう言うと、ナナは再び柔らかく微笑んだ。
 「ダリアも、それが判ったから、私達に力を分けて与えたんだよね?」
 ナナの言葉に、フレイアは少し反応する。
 「私は格闘術しか扱えない。フレイアの中で、最も弱い存在になるかも知れない。でも、大丈夫だよ。仲間がいるもん」
 「…ああ、そうだね」
 フレイアは、知らず、微笑んでいた。
 それは、ナナの成長を喜ぶものでもあり、又、これからナナが遭遇するであろう出来事を憂うものでもあった。
 「成長、したね…ジェネシス!」
 『ええ』
 フレイアの言葉に応えるように、ジェネシスの声が響く。
 『ナナ…貴女を、69代目のフレイアと認めます』
 ジェネシスが言うと、フレイアがゆっくりと手を伸ばし、ナナの胸元に触れる。
 魂だけの存在なので触れられた感触は無かったが、そのぬくもりは、確かにナナに伝わってきた。
 フレイアが手を放すと、触れられた部分が光を放つ。
 それと同時に、ナナの意識も徐々に遠のいていった。



 遠のく意識の中、ナナはゆっくりと消えていくフレイアを見ていた。
 消え去る間際、フレイアは確かにこう言った。
 「頑張れよ」、と。
 ナナは心の中で「頑張るよ」と言って、やがて完全に意識を失った。







 ナナが祭壇上に導かれてから、一日と半分が過ぎようとしていた。
 その間、サフィンは眠ることもなくずっとナナを見守っていた。
 サフィンが床に座り込み、床から突き出ている石英にもたれかかってナナを見ていると、後方の、階段の方から何者かの足音が聞こえてくる。
 サリサとキリトが、サフィンの朝食を運んできたのだ。
 二人がサフィンの横まで来ると、サフィンはようやく顔を上げ、差し出されたトレイを受け取る。
 「ああ、ありがとう」
 サフィンが礼を言うと、サリサは軽く微笑みだけを返し、祭壇上のナナに視線を移す。
 「まだ、目覚めないのね」
 「ああ」
 三人とも、祭壇上のナナを見る。
 変化の無いナナを見て、サリサが眉を寄せた、次の瞬間。
 ナナの身体から、突然光が放たれた。
 眩しさで、三人は目を覆う。
 光が止み、三人が目を開けると、何者かがおぼつかない足取りで祭壇を降りてくる姿が確認できた。
 桜色の髪に、山葡萄色の瞳。
 それは、紛れもなくナナだった。
 ナナは、三人に向かって笑顔を向けている。
 「ナナ…っ!!」
 サフィンはトレイを置いて立ち上がり、ナナの方へ駆け寄る。
 サリサとキリトも安堵の表情を浮かべ、ナナの方へ駆け寄っていった。
 祭壇から降り終えると、ナナはサフィンの腕の中へ倒れこみ、意識を失った。
 サフィンはナナを抱きとめた腕に力を込めると、ナナを抱き上げ、階段の方へ向かっていく。
 サリサとキリトも一度顔を見合わせて微笑み合うと、サフィンの後に続いた。


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