the past 想い−4

 「そろそろ、出発しないとね」
 ナナが目を覚ました日の翌日、ティアの朝食の後片付けを手伝っていたナナに、サリサがそう告げた。
 ナナは後片付けの手を止めてゆっくりと頷き、口を開く。
 「あのね、サリサ……行き先なんだけど……封印術とかそういうのに詳しい人っていないかな」
 「封印術?」
 「うん」
 そう言って、ナナは自分の胸元に手を添えた。
 「私……フレイアになって、今までファーゼイスを封印してきた術の知識を得たけど……この術では、多分またファーゼイスは復活してしまうと思うの。だから、もう二度と復活しないような……そんな術があれば、知りたくて」
 「……」
 ナナの言葉を聞いて、サリサは口許に手を当てて考え込むような仕草を見せる。
 「あたしに心当たりは無いけど……」
 そこまで言って、サリサは口許から手を外す。
 「……スカーレットに聞けば手がかりくらいはつかめるかも知れないわ」
 「じゃあ……」
 サリサの言葉を聞いてナナが言葉を紡ごうとすると、誰かが部屋の扉を開く音が聞こえてきた。
 「封印術を探しているの?」
 そう言いながら室内へ入ってきたのはソフィアだった。
 「ええ。あんた、何か知ってる?」
 「そうね……ジェネシスに聞いてみると良いわ」
 「ジェネシス?」
 「ナナが試練を受けた祭壇にあった水晶球のことよ」
 サリサの問いに、ソフィアは微笑みながら答える。
 「ジェネシスはフレイアの歴史が始まった頃から存在しているから、何か知っているんじゃないかしら」
 「そう……じゃあ、今日中にそのジェネシスっていうのに話を聞いて、明日の朝には出発しましょう」
 「あら、もう行ってしまうの?」
 サリサの言葉に、ソフィアは首を傾けながら問う。
 その問いに、サリサは苦笑した。
 「十日もいたら、いすぎたくらいよ。それに、そんなにゆっくりしている時間も無いだろうし、ね」
 サリサの言葉を受け、ナナは頷く。
 すると、サリサは踵を返し、部屋の入り口の扉の方へと向かって行った。
 「サリサ、どこ行くの?」
 「キリトとサフィンにも言ってくるわ」
 半身だけ振り返って答えると、サリサは部屋を出た。
 サリサの足音が聞こえなくなると、ソフィアは頬に手を当ててため息をつく。
 「折角賑やかになったと思ったのに、寂しくなるわね、ティア」
 「そうだな」
 後片付けを終えたティアは、ソフィアの言葉に応えると、ナナの頭に手を置いた。
 「今日の夜はサフィンにも手伝って貰って、盛大な食事会にするか」
 「うん!」
 ティアの言葉に、ナナは嬉しそうに頷く。
 その様子を、ソフィアは目を細めて見ていた。






 昼食を食べて少し過ぎた頃。
 神殿の地下の祭壇の前に、七人全員が集まっていた。
 祭壇上には、淡い光を放つ球体……ジェネシスがゆったりと浮遊している。
 ジェネシスを見上げながら、ナナは一歩前へと踏み出した。
 「ジェネシス……聞きたいことがあるの」
 ナナの声が、静かで広い空間の中に良く響く。
 ナナの問いから数秒後、ようやく、ジェネシスの声が聞こえてきた。
 『封印術を……探すつもりなのですね?』
 直接頭の中に響いてくるその声に、サフィンやキリトは少し戸惑い視線を辺りに巡らすが、他の者は落ち着き払った様子でジェネシスにのみ視線を向けていた。
 「どうして知ってるの?」
 『私は、フレイアと記憶を共有する者……ですから、フレイアである貴女が見聞きしたことや感じたことは、全て私の記憶でもあるのです』
 「そうなんだ……」
 そこまで言ってナナは一度言葉を切り、再び口を開く。
 「何か知っていたら……教えて欲しいの」
 ナナの問いに、ジェネシスは沈黙した。
 表情がある訳ではないが、口をつぐんだという表現が当てはまるだろう。
 「ジェネシス……?」
 十数秒の沈黙に、ナナは首を傾ける。
 すると、ジェネシスはようやく言葉を発した。
 『初代のフレイアに封印術を享受した者の末裔が、アリストラル大陸の何処かに居ると……聞いたことがあります。その者なら或いは、何らかの術を知っているかも知れません』
 「この大陸の、どこかに……」
 『ええ。しかし、詳しい場所までは…』
 「ううん、ありがとう。あとは自分達で探してみるよ」
 そう言って、ナナは踵を返す。
 「もういいの?」
 ソフィアの問いにナナは頷き、サリサの方へ視線を向けた。
 サリサはその視線に微笑みを返す。
 「それだけ判ればあとは情報屋を辿れば何とかなるわ。多分大丈夫よ」
 サリサの言葉にナナは安堵の表情を浮かべ、顔だけ振り返ってジェネシスの方を見た。
 「本当にありがとう。それじゃ……」
 言いながら、ナナはその場を去ろうとする。
 しかし、その行為は、ジェネシスの発した言葉によって遮られた。
 『待ってください』
 呼び止められ、ナナは足を止めて振り返る。
 共に立ち去ろうとしていた他の六人も足を止めた。
 『貴女は、何の為に封印術を求めているのですか……?』
 ジェネシスの問いに、ナナは一度視線を床に落とし、胸元の、刻印のある辺りにそっと手を添える。
 それからゆっくりと顔を上げると、ナナは真っすぐな眼差しでジェネシスを見た。
 「ジェネシス……私はね、『フレイア』の使命を終わらせたいの」
 『!』
 その言葉に、その場にいた全員がナナの方へ視線を向ける。
 「今までは、ファーゼイスをいずれは復活する形でしか封印できなかった。だから、封印を見守る者が……『フレイア』という存在が必要だった。でも、復活することさえなければ……『フレイア』は、必要なくなるよね?」
 その場にいる者全員が、黙ってナナの言葉に聞き入る。
 ナナは、よく通る澄んだ声で、続く言葉を紡いだ。
 「今までフレイア達は、色々な感情を持つことを束縛されてきた。『フレイア』という使命を持つ以上、それは仕方のないことなのかも知れない。でも、人間であるフレイアにとって、それはとても辛いこと……私の知っているフレイア……ダリアにとってもそうだった。私はフレイアになって、そのことが良く判ったの」
 そこまで言って言葉を切ると、ナナは表情に笑みを浮かべる。
 その表情からは、ナナの固い決意が伺えるようだった。
 「だから私は、『フレイア』の使命を終わらせたい。辛い想いを、後世に残したくないの」
 ナナはそう言うと、振り返ってサフィン、サリサ、キリトと順に視線を巡らせる。
 「協力して……くれるよね?」
 ナナの言葉に三人は笑みを返し、同時に「勿論」と答える。
 三人の笑みを受け、ナナは再び柔らかく微笑んだ。
 「じゃあ、行くね」
 そう言うと、ナナ達は神殿から去っていった。
 その後ろ姿を見て、ジェネシスは、僅かに微笑んだ。



 夜になると、ティアとサフィンの作った料理で七人は食事会を開いた。
 食事会は、笑顔の絶えることのない、楽しいものとなった。






 翌日の朝、ナナ達はソフィア達と向かい合う形で神殿の前に立っていた。
 「お世話になりました。ありがとう」
 そう言いながら、ナナはぺこりと頭を下げる。
 「本当に行ってしまうのね」
 ソフィアは口許に手を当て、名残惜しそうな表情をする。
 「また来いよ」
 「うん!絶対にまた来る!」
 ティアの言葉に、ナナは元気良く返した。
 「それじゃあ、行くわね」
 サリサが言うと、ナナ達は踵を返し、森の方へと歩いていく。
 ナナが大きく手を振ると、ソフィアとティアも手を振って応えてくれた。



 「来る時に来た道を戻るんだよな?」
 森に入って少し歩いた頃、サフィンがサリサに問い掛けた。
 「ええ、そうよ」
 「じゃあ、まずは森を抜けなきゃならないんだね」
 「地図も無いのに大丈夫なのか?」
 サフィンが不安気な表情をすると、サリサは隣を歩いていたキリトの首根っこを掴み、皆の一番前へと突き出す。
 「こいつに前歩かせとけば大丈夫よ。方向感覚だけは凄まじいから」
 「方向感覚だけじゃなくて、サリサへの愛も凄いデスよ、俺」
 振り返り、そう言ってくるキリトに、サリサは呆れたような表情を向けた。
 「キリト、森を抜ける道、覚えてるの?」
 「まぁね」
 「うわぁ、凄〜い」
 ナナはキリトに向かって尊敬の眼差しを向ける。
 そんな様子を見ながら、サリサは小さく息を吐き、僅かに眉をしかめた。
 「どうしたんだ?」
 サリサの少し後ろを歩いていたサフィンが、不思議そうに尋ねてくる。
 「いや、ちょっと……あっさりし過ぎてるような気がして」
 視線は前を向いたまま、サリサは答えた。
 「あっさりしてる?」
 「ええ。だって、曲がりなりにもソフィアはフレイアに対する知識を受け継いだ、神官な訳でしょ?それなのに、ナナがフレイアを継いだら『ハイ、サヨナラ』ってのは、ちょっとおかしいんじゃないかと思って」
 「それは、神官の役目があくまでも知識を保持することだからじゃないのか?今回は、一時的にフレイアがいなくなったから、表に出てきたっていうだけで……」
 「う〜ん、そうなんだけど……」
 サリサは口許を手で覆い、視線を地面へと落とす。
 「でも、何か……嫌な予感がするのよね」
 今度は視線を横にずらし、サリサは小さく呟く。
 その呟きは、サフィンには良く聞こえなかった。






 ナナ達が見えなくなるまで手を振りながら見送った後、ティアは手を下ろすと、小さく息を吐いた。
 「……で?」
 「ん?」
 ティアの問いかけに、ソフィアは首をかしげながら微笑む。
 「このまま行かせちまって、良かった訳?」
 「どうして?」
 「どうしてって……アンタ、この前……」
 そこまで言うと、ティアはソフィアの表情を見て言葉を止め、冷や汗を流す。
 ソフィアは、普段とは違う……何かを企んでいるような、少しばかり凶悪めいた笑みを浮かべていた。
 「誰も、このまま行かせるなんて言っていないわ」
 「じゃあ、どうするんだよ」
 「ストーキングするに決まっているでしょう?」
 ソフィアの発言に、ティアは額に手を当てて大きなため息をつく。
 すると、ソフィアは普段の微笑みに表情を戻し、
 「大丈夫よ。荷物ならもう準備してあるから」
 と言って、どこからか三人分の旅荷を取り出し、ティアとシセルに一つずつ手渡すと、森の方へと歩き出した。
 シセルもソフィアの後へ続く。
 「ふふふ。楽しくなりそうね」
 「ああ」
 (……それが楽しそうな顔かよ……)
 有無を言わせぬソフィアの行動と言動に、ティアはもはや無表情のまま答えを返すシセルに対して心の中で突っ込みを入れることくらいしか出来なかった。
 ティアは、諦めたかのように再度ため息をつく。
 「まぁ、でも……確かに、楽しくはなりそうだけどね」
 そう呟いて微笑むと、ティアはソフィアとシセルに続き、神殿を後にした。


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