the past 真実−1

 薄い青色を基調にして彩られた、質素で、美しく……それでいて、どこか薄暗い雰囲気を漂わせる王城ミルトレイアの廊下を、赤く、短い髪を揺らしながら、ベルナがひとり歩いていた。
 誰も居ない廊下に、規則的に鳴らされるヒールの音だけが良く響く。
 ベルナが向かう先にあるのは、もはや国民の誰もが訪れることのなくなった謁見の間。
 そこには、王座に座り、優雅に足を組んでいるレグルスが……ファーゼイスが君臨していた。
 「準備が完了致しました」
 レグルスの数メートル手前で足を止め、一度敬礼をすると、ベルナはレグルスにそう告げた。
 ベルナの報せを聞き、レグルスは僅かに口の端を釣り上げる。
 「そうか。 では、私も向かうとしよう」
 「はっ!」
 「だが、その前に……ナナに挨拶をして来ねばな」
 そう言って、レグルスはゆっくりと立ち上がった。
 「ナナは今どこにいる?」
 「シアチアンに」
 「シアチアン……封印術か……」
 レグルスは、僅かだが、忌々しそうに眉を寄せる。
 「……まあ、良い。 適当に魔物を用意しておけ」
 「はっ!」
 再び敬礼をすると、ベルナは踵を返し、謁見の間を後にする。
 その少し後、レグルスの身体が一瞬揺らぎ、直後、その姿は掻き消えるようにして消えた。






 遡ること五日。
 タスカローラへ戻ったナナ達四人は、スカーレットの元を訪れていた。
 相変わらず本に埋もれた狭い部屋を、積み上げられた本を崩さないよう注意しながら奥へ奥へと進んでいく。
 部屋の最奥には、軋む椅子に腰掛けたスカーレットが、相変わらず机の上に足を投げ出してぶ厚い本を広げていた。
 「よぉ、いらっしゃい」
 そう言って、スカーレットはナナ達の方を一度見ると、再び本へと目を落とす。
 先頭を歩くサリサの後ろを歩いていたナナは、小さく会釈を返した。
 「今日は何の用だい?」
 「初代のフレイアに封印術を享受した人物の末裔が、この大陸の何処かに居ると聞いたわ。 心当たりは無い?」
 「初代のフレイアに……?」
 「ええ、そうよ」
 サリサが答えると、スカーレットは本を閉じ、投げ出していた足を床へと降ろす。
 「神殿では、封印術を手にすることは出来なかったのかい?」
 「いいえ。封印術なら手に入れたわ」
 スカーレットの問いに答えながら、サリサは隣にいたナナの頭に手を乗せた。
 「まさか……フレイアに?」
 少々驚いた様子で問い掛けてくるスカーレットに、ナナは小さく頷いて応える。
 スカーレットは、数秒、ナナの瞳を見つめていたが、小さく息を吐き、椅子の背もたれに背中を預けた。
 椅子は、ギィ、と軋み音を上げる。
 「……そうかい」
 軽く組んで机の上に置かれている自分の手に一度視線を落とすと、スカーレットは再びナナへと視線を戻す。
 「色々と聞きたいところだけど……まぁ、あんまり詮索はしないことにするよ。 フレイアに封印術を享受した人物の末裔は、シアチアンの東部の山岳地帯に住んでるって話だ。 地図はあるかい?」
 その言葉にサリサは頷き、荷物からアリストラル大陸の地図を取り出すと、机の上に広げた。
 スカーレットはタスカローラを指差し、その指をタスカローラから北東の方角にある山岳地帯へと移動させ、小さく円を描く。
 「この辺りだよ。 ここからだと、歩いて4、5日くらいの距離さ」
 「判ったわ。 ありがとう。 情報料は……」
 サリサは金の入った袋へと手を伸ばそうとするが、スカーレットが手を前に差し出して遮る。
 「情報料はいい。 その代わり、ひとつだけ教えて欲しいことがある」
 そう言ったスカーレットの視線は、ナナに向けられていた。
 「ナナ、アンタ、紋様はどこにある?」
 スカーレットの問いにナナは少々驚いたような表情を見せるが、すぐに表情を元に戻し、自分の胸元へと手を添えた。
 「ここに」
 「アタシに、それを見せてくれないかい?」
 ナナはゆっくりと頷くと、両手で服の胸元の辺りを下げていく。
 すると、白い胸元の中央にくっきりと浮かんだ朱い紋様が、その姿を現した。
 初めて見るそれに、その場にいる全員が視線を向ける。
 「ありがとう。 もう良いよ」
 微笑みながら、スカーレットが言うと、ナナは服を元に戻しながら首を傾けた。
 「これが、何か……?」
 「いや、何でもないんだ。 気にしないでおくれ」
 ナナの問いに、スカーレットは再び微笑みながら答える。
 訳の判らない四人は、スカーレットを見ながら疑問符を浮かべ、首を傾けた。



 一通り礼を言ってから、ナナ達はスカーレットの元を去った。
 狭く薄暗い道を抜け、大通りへと出る。
 四人は大通りの真ん中を、町の出口へと向かって歩いていた。
 「急げば3日で着ける距離ね」
 「ああ。 それに、少し足場が悪くなるけどここの岩場を突っ切って行けるな」
 「行ったことあるの? あんた」
 「まぁね」
 「そう。 なら大丈夫ね」
 先ほどの地図を広げ、サリサとキリトがルートの相談をしている。
 そのすぐ後ろを歩きながら、ナナは俯き加減で何かを考え込んでいた。
 「どうした? ナナ」
 「え?」
 様子に気付いたサフィンに声を掛けられ、ナナは少々はっとして顔を上げる。
 「何かあったのか?」
 「ううん、そういう訳じゃないんだけど……ちょっと、スカーレットさんのことで気になることがあって」
 「スカーレットさん?」
 「うん」
 ナナは頷くと、サリサの方へと視線を向けた。
 「ねぇ、サリサ……スカーレットさんはどうしてあんなに『フレイア』のことに詳しいの?」
 ナナの問いに、サリサは足を止めて振り返る。
 それに続いて、ナナも、サフィンもキリトも足を止めた。
 「スカーレットさん、封印術についてのことだけじゃなくて、紋様の位置とか、そんなことまで知ってたし……情報屋さんって、みんなあんなものなの?」
 サリサは不思議そうに尋ねてくるナナの瞳を見返していたが、しばらくして、視線を先ほど四人が出てきたスカーレットの元へと続く道へ向けて口を開いた。
 「情報屋がみんなあそこまで詳しい訳じゃないわ。 スカーレットは特別なのよ」
 「特別……?」
 言いながら、ナナは首を傾ける。
 それを見て、サリサは頷いた。
 「スカーレットはね、先々代のフレイアと、あんた達の知ってるフレイアの……友人だったらしいわ」
 「!」
 驚きに、ナナとサフィンの目が少し見開かれる。
 「だから、『フレイア』に関することには詳しいんだって、ずっと前に本人が言っていたわ」
 スカーレットの元へと続く道から視線を外さぬまま、サリサは言った。
 ナナもサリサと同じ方向へと視線を向ける。
 「そうだったんだ……」
 ナナが呟くと、サフィンとキリトも同じ方向へと視線を向ける。
 しばしの間、四人はそうしていたが、やがて道から視線を外すと、街の出口へと向かって歩き出した。






 本に埋もれた室内の最奥で、スカーレットは軋む椅子に深く腰掛け、机の上に足を投げ出して天井を見つめていた。
 しかし、その瞳に映っているのは天井ではなく、かつての思い出と……今は亡き友人の顔だった。
 「初代のフレイアの紋様は……背中にあったって話だけど……」
 思い出を垣間見ながら、スカーレットはひとりごちる。
 「胸の、ど真ん中か……何だか、嬉しいじゃないか。 ねぇ……カタリナ、ダリア……」
 そう言って、スカーレットは瞳を閉じ、口の端に笑みを浮かべた。






 「はっ! やぁっ!」
 周囲が岩で囲まれた、小さな広場のような空間の中心。
 その場所で、一人の若い女性が短い掛け声と共にひとり剣を振るっていた。
 女性の振るう剣技は、流れるような美しい剣の軌跡を描き、まるで舞を舞っているかのようにも見える。
 無駄の無い、俊敏でかつ力強いその動きから、かなりの達人であることが見てとれた。
 「ノーズ!」
 何者かに声を掛けられ、ノーズと呼ばれた女性は動きを止め、周囲にある岩のひとつへ視線を向ける。
 ノーズの視線の先の岩陰から出てきたのは、齢九十にもなろうかという、皺だらけの顔の、杖を突いた小柄な老婆だった。
 「シャハラザード様。 いかがなさいましたか?」
 ノーズの発した声は、自身の持つ高い位置で一つに束ねた碧色の長い髪と同じ色の瞳のように、澄んだ美しい声だった。
 杖を突いた老婆、シャハラザードは、ゆっくりとノーズへ近付いていき、数歩手前で足を止めた。
 「何者かが、ここへ向かっておる。 いつでも戦える準備をしておきなさい」
 「何者か、とは?」
 ノーズが問うと、シャハラザードは南西の方角へと視線を向ける。
 皺に隠れていて良くは見えないが、その瞳は、ノーズと同じ、美しい碧色だった。
 「我々の先祖に縁のある者の末裔だ」
 シャハラザードの言葉に、ノーズは少々驚いたような表情を見せる。
 「末裔ということは、あの者が……?」
 ノーズの問いに答えるように、シャハラザードはゆっくりと頷いた。
 「その者達だけではない。 その者達が来ることによって、邪悪な存在も、ここへ姿を現すだろう」
 そう言うと、今度は北の方角へ、シャハラザードは視線を向けた。
 「……いつでも戦える準備をしておきなさい」
 先程の言葉を、再び繰り返す。
 「はい」
 ノーズは短くそう答えると、剣を握っていた右手に力を込めた。


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