the past 真実−3

 勝負は一瞬で着いた。


 ノーズの振り下ろした剣をナナは左手で叩き落し、右足を軸にして身体を回転させ勢いをつけた肘打ちをノーズの腹部へと叩き込む。
 後方へ数メートル吹き飛ばされたノーズが体勢を立て直そうと顔を上げると、既に目の前にナナの蹴りが迫っていた。
 避けることもできず、ノーズは思わず瞳を閉じる。
 しかし、蹴りによる衝撃はいつまで経っても訪れない。
 ノーズがゆっくりと瞳を開くと、ナナの蹴りはノーズの顔より僅かに手前で止められていた。
 ノーズの頬を、一筋、冷や汗が伝う。
 それと同時に、ザクッという鈍い音が辺りに響いた。
 それは、ナナに叩き落されたノーズの剣が地面へと突き刺さる音だった。
 「勝負あったようだね」
 数秒の空白の後、シャハラザードがそう告げる。
 その言葉と共に、ナナはゆっくりと寸止めしていた足を降ろしていった。
 ナナが完全に地面に足を降ろすと、片膝を地に着いた格好になっていたノーズもゆっくりと立ち上がる。
 立ち上がると、ノーズは膝に付いていた砂を右手で軽く払い、ナナの方を向いた。
 「見事です」
 僅かに微笑みながら、ノーズが言う。
 ナナは、先程までとは違う……凛としてはいるがどこか優しげなノーズの様子に、首を傾けて瞳を瞬かせた。
 「先程の無礼をお許しください」
 そう言うと、ノーズは胸の辺りに右手を当てて、深く頭を下げる。
 その様子に、ナナは困惑した。
 「そ、そんな、頭なんて下げないでください!」
 ナナはそう言ってノーズの頭を上げさせようとする。
 すると、ナナとノーズの傍らにシャハラザードが歩み寄ってきた。
 「どうやらわざわざ戦わせる必要も無かったようだね。 見事な強さだ」
 シャハラザードはナナを見ながらそう言うと、今度は広場のような空間の外側から様子を見ていたサフィン、サリサ、キリトへと順に視線を巡らせる。
 「お前達も……この子と同等の力を秘めているようだ」
 シャハラザードはもう一度ゆっくりと3人へと視線を巡らせ……最後に、サフィンで視線を止める。
 皺で隠れた瞳からの強い視線を感じて、サフィンは僅かに眉を寄せた。
 シャハラザードはすぐにサフィンから視線を逸らしたが、サフィンはシャハラザードを見たまま不思議そうに首を傾ける。
 視線を逸らし際、シャハラザードが笑みを浮かべたように見えた。
 「さて、封印術についてだが……立ち話も何だ。 私達の家で座って話さないかね?」
 そう言ってシャハラザードが杖で指し示した先には、僅かだが屋根のようなものが見える。
 4人は一度顔を見合わせて頷き合うと、シャハラザードとノーズに続き、家の方へと歩いていった。





 家は木製の質素な造りだった。
 ナナ達は入ってすぐの部屋で席を勧められ、長方形のテーブルを囲む形で腰を下ろし、少々辺りを見回す。
 通された部屋はテーブルと椅子以外には十数個の本棚しか無く、本棚の中には難しそうな本が隙間なく並べられている。
 室内は、本棚の数の割には広く感じられた。
 一通り周囲を見終えたナナが視線を正面へ向けると、ナナの正面の席に丁度シャハラザードが着いたところだった。
 シャハラザードの斜め後ろにはノーズが立っている。
 シャハラザードは腰を下ろすと組んだ手をテーブルの上に上げてゆっくりと口を開いた。
 「封印術について教える前に、ひとつ、聞いておきたいことがある」
 そう言ったシャハラザードの瞳には、真剣な瞳でシャハラザードを見つめ返すナナが映っている。
 「お前は『フレイア』をどう考える?」
 一瞬質問の意味が判らず、ナナは首を傾ける。
 すると、シャハラザードは至極真剣な表情で言葉を紡いだ。
 「『フレイア』とは、宿命に従いその生涯を終えるもの。 古来より与えられた重大なる使命の為に生き、そして死んでゆく存在だ。 ……お前には、それを全うする意志と覚悟があるのかと聞いているのだ」
 その言葉を聞いて、ナナは一度ゆっくりと瞬きして沈黙したままシャハラザードを見つめ返す。
 「おや? その覚悟があるから、ここへ来たのでは無いのかい?」
 ナナの様子を見て、シャハラザードは嘲笑気味でそう言った。
 ナナはもう一度ゆっくりと瞬きすると、僅かに微笑みを浮かべ、言葉を紡ぎ始めた。
 「私は、フレイアだからここへ来た訳じゃないんです」
 大きくは無く、しかしよく通るナナの声に、全員が耳を傾ける。
 「ほう? では何故ここへ来た?」
 シャハラザードはテーブルの上へ両肘を付いて手を組み、その奥から興味深そうな瞳でナナを見据える。
 ナナは微笑みを崩さないまま再び口を開いた。
 「使命なんて関係ない。 私は、自分の意志で、自分の思った通りに行動しているだけなんです。 封印術が欲しいのは、フレイアを全うしたいからじゃない……フレイアを、終わらせたいからなんです」
 そう言いながら自分の方を見るナナの顔を、シャハラザードは真剣に見つめ返す。
 微笑んではいるが、強い光を宿した瞳。
 その視線から感じ取ることのできる、力強い意志。
 シャハラザードはしばしの間ナナの瞳を見ていたが、やがて顔の前で組んでいた手をテーブルの上へと下ろし、口の端を釣り上げた。
 「なかなか面白いことを言う子だ。 いいだろう。 封印術、教えてあげるよ」
 その言葉を聞いて、ナナ達の表情がぱっと明るくなる。
 「あ、ありがとうございます!」
 言いながら、ナナは思わず椅子から立ち上がる。
 シャハラザードはくすくすと笑いながら「それが私のお役目でもあるからね」と言い、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
 「少しここで待っていておくれ」
 そう言って、シャハラザードはある本棚と本棚の間へと入っていく。
 よく見ると、そこには奥へと続く扉があるようだった。
 「やったわね」というサリサの言葉に頷きながら、ナナは腰を降ろす。
 そうして少しすると、シャハラザードが木箱を手にして扉の奥から戻ってきた。
 シャハラザードは先程まで座っていた席へと腰を下ろすと、テーブルに木箱を置き、ゆっくりと蓋を開ける。
 中には、両手で包み込めるくらいの大きさの、水晶のような美しい石が入っていた。
 「これは……」
 それを見て初めに声を上げたのはサリサ。
 「お前には判るようだね?」
 「ええ」
 シャハラザードの問いに、サリサは頷きながら答えた。
 石からは、何か強い魔力を感じる。
 しかしそれ以上のことは判らないナナとサフィンは、僅かに首を傾けてサリサの方を見た。
 「ああ、これはね、魔力の結晶よ」
 2人の視線に気付き、サリサは石について語り始める。
 「魔力の結晶?」
 「ええ。 高い魔力を持つ者はね、自分の魔力を結晶体として具現化することが出来るのよ。 その結晶体の形状や色でその人の魔力の特性が判ったりするんだけど……この結晶体の魔力の濃度は……凄まじいわ」
 そう言ってサリサはまじまじと石を……結晶体を見つめた。
 「これはね、代々封印術を受け継いできた者達の魔力の結晶体さ」
 シャハラザードは結晶体にそっと触れてゆっくりと指を滑らせる。
 「これまでフレイアが使ってきた封印術は、大地にファーゼイスを封印する方法だが……大地の力は強大に見えて、それでいて脆くもある。 この広い大地の何処かに、力の弱まっている部分は必ず存在するものだ。 一時の平定を得ることは出来るが、それでは解決にはならない」
 そこで一度言葉を切ると、シャハラザードは結晶体を手に取り、自分の目線程の高さまで持ち上げた。
 「だから、私達はこの結晶体を造った。 大地の持つ力には及ばないかも知れずとも、この中にファーゼイスを封印することが出来れば……或いは、永久なる封印が可能かも知れない」
 「永久なる、封印……」
 結晶体を見つめながら、ナナが呟く。
 すると、シャハラザードは結晶体を木箱の中へと戻し、薄い笑みを浮かべた。
 「しかしこれは可能性のひとつに過ぎない。 ファーゼイスの魔力が結晶体の魔力を上回ってしまったら終わりだからね」
 「可能性のひとつってことは、他にも方法が?」
 シャハラザードの言葉に、キリトが問う。
 「その通り」
 問いに答え、シャハラザードは人差し指を立ててキリトの方へと向けた。
 「今お前達に提示出来る方法は3つある。 ひとつめは、今言った方法。 ふたつめは、ファーゼイスに身体を乗っ取られた者ごとファーゼイスを殺す、という方法」
 「身体を乗っ取られた者ごと、殺す……?」
 サフィンの問いに、シャハラザードは頷いた。
 「ファーゼイスの本来の肉体は既に無く、復活の度にファーゼイスは波長の合う者の身体を乗っ取っている、ということは知っているね?」
 シャハラザードの言葉に、ナナ達は首を縦に振る。
 「乗っ取っている間、ファーゼイスの魂は身体と一体となっている。 その身体を殺してしまえば魂も死ぬ、という訳さ」
 「でも、それじゃあ……乗っ取られていた人まで」
 「ああ、死ぬね」
 きっぱりと、シャハラザードは答えた。
 「そのうえ、肉体が死ぬ前にファーゼイスが身体から抜け出しでもすれば、乗っ取られていた者が死ぬだけで終わってしまう。 だからこそ、大地に封印するという方法が取られてきた訳だがね」
 そこまで言って言葉を切ると、シャハラザードは手を組んでテーブルの上に乗せ、僅かに視線を下へ向ける。
 「そして、みっつめは……」
 「みっつめは……?」
 ナナが言葉を反芻する。
 シャハラザードは数秒間押し黙っていたが、やがてゆっくりと視線を上げ、口を開いた。
 「みっつめの方法は、フレイア以外の……いや、ナナ以外の者には聞かせられない。 申し訳ないが、話の間部屋から出ていてくれるかい?」
 その言葉に、ナナ達は顔を見合わせる。
 数秒間、ナナ達は視線で話し合っていたが、浅く頷き合うと、まずはサリサが席を立った。
 「判ったわ。 行きましょう」
 サリサが入り口の方へと歩み始めると、次いでキリトとサフィンも席を立ち、外へと出て行った。
 3人が外へ出ると、シャハラザードは後ろに立っているノーズへと視線を向ける。
 「ノーズ、悪いがお前も外しておくれ」
 「……はい」
 シャハラザードの言葉に頷くと、ノーズも外へと出て行く。
 室内にはナナとシャハラザードの2人だけが残された。
 ナナは、にわかに緊張した面持ちでシャハラザードを見る。
 シャハラザードは真っすぐにナナを見据えつつ、口を開いた。
 「さて、みっつめの封印法だが……」


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