the past 真実−4

 ナナとシャハラザードが2人きりで話を始めてから十数分。
 サフィン、サリサ、キリト、ノーズの4人は、家から5メートル程離れた辺りで2人の話が終わるのを待っていた。
 サリサとキリトが人の背の高さ程の大きな岩に寄り掛かって立ち、その傍らに同じ岩に背を預けたサフィンが座り込んでいる。
 ノーズは3人より少し離れた位置にある平たい岩の上に胡座をかいて座っていた。
 「あたし達に聞かせられないような方法って……一体何なのかしら」
 「……さあね」
 サリサが家の方を見ながら言うと、キリトが短く答える。
 サリサはしばしの間じっと家の方を見ていたが、一度小さく息を吐くと地面の方へと視線を落とした。
 視線の先の地面には、黄土色の小さな石が幾つかと、同じ色のさらさらとした質感の砂しか無い。
 (……あの結晶体の魔力は凄まじかった。 でも、ファーゼイスの魔力を上回ることの出来る可能性は低い……もし、みっつめの方法というのがファーゼイスを確実に封じることの出来る方法なのだとしたら、あたし達はその方法を頼らざるを得なくなる訳だけど……でも、まさか……)
 しばし、サリサは考え込むが、頭に何かが触れたことで思考が中断される。
 見ると、キリトがサリサの頭に手を添えていた。
 「まあ、なるようにしかならないんだから、考え込んでも仕方ないって」
 言いながら、キリトはサリサの頭を軽くぽんぽんと叩く。
 そうされると、心なしか、サリサは不安な気持ちが和らいでいくような気がした。
 「そうよね。 ありがと」
 サリサは僅かに微笑み、そう返す。
 最近、自分はキリトに励まされてばかりだ。
 もっと、しっかりしなくては。
 サリサがそう思った、その時。
 何故か、サリサの頭に添えてあったキリトの手が腰の方へと降りていく。
 サリサの表情から笑みが消えた。
 「何なのよ、この手は」
 「痛っ」
 サリサは、腰に添えられていたキリトの手をつまみ上げる。
 「や〜、サリサの微笑みを見たらグッときちゃってねぇ」
 「だからって何であたしの腰に手がくるのよ」
 「まぁ良いだろ〜減るモンじゃないし」
 「減るわ。 精神的に」
 「またまたぁ。 サリサだって嬉しいクセに」
 そう言ってキリトが空いている方の手をサリサの頬に添えるのとほぼ同時に、辺りに派手な爆発音が鳴り響いた。
 爆発音の中心にいたのは勿論キリト。
 額に幾つかの青筋を浮かべたサリサの放った魔術の直撃を受けたキリトは、煙を上げながらその場に崩れ落ちた。
 そのやり取りを見て、ノーズは冷や汗を流しつつ困惑した表情を浮かべている。
 2人のやり取りにもう慣れてしまったサフィンは、小さくため息だけをつくと、膝の上に置いてあった剣を鞘から抜き取り、手荷物から手入れ用の布を取り出して刀身を磨き始めた。
 すると、ノーズが剣を磨き始めたサフィンを見る。
 いや、サフィンを、というより、サフィンの手中にある剣を見ている、と言った方が正しい。
 「その剣は……」
 家の外に出てから初めて、ノーズが口を開く。
 ノーズの視線に気付いたサフィンは、顔を上げてノーズを見返した。
 「これは、フレイアに代々受け継がれてきた剣だよ」
 サフィンがそう答えると、ノーズはゆっくりと立ち上がり、サフィンの方へ近付いていく。
 「少しだけ、見せては貰えないでしょうか」
 サフィンの前に立ちそう言ってきたノーズに、サフィンは快く応じた。
 手渡された剣を、ノーズはまじまじと見つめる。
 まるで透き通っているかのように美しい、銀色の刀身。
 見た目よりはずっと重い重量感。
 剣全体から放たれる威圧感。
 まるで、自分が手にするには相応しくないと、そう言われているような気にすらなる。
 ノーズは剣先から柄までもう一度じっくりと見て、それからサフィンに剣を返した。
 「ありがとう」
 「この剣に興味が?」
 礼を言ってきたノーズに、サフィンが問い掛ける。
 「ええ、私も剣士ですから。 フレイアに受け継がれてきたという剣に、興味を示さない筈がありません。 しかし、何故……この剣を、フレイアであるナナさんではなく、貴方が持っているのですか?」
 ノーズが答え、そして問い返すと、サフィンは柔らかく微笑んだ。
 「持っていて欲しいって、言われたから」
 言葉の意味が判らず、ノーズは首を傾ける。
 すると、サフィンは視線を手元の剣に向けて、再び口を開いた。
 「ナナがフレイアになった日……俺は、ナナにこの剣を渡そうとした。 でも、ナナは、自分が持つのには相応しくないから、俺に持っていて欲しいって……そう言ったんだ」


 私ひとりがフレイアな訳じゃない。
 私と、サフィンと、サリサと、キリトと……きっと、4人でひとりの『フレイア』なんだよ。
 それに、サフィンはその剣で私のこと守ってくれるんでしょ?
 フレイアに、そう言われたもんね。


 言葉を止めてしまったサフィンの代わりにサリサが続きを話してくれているのを聞きながら、サフィンはその時のナナの言葉を、表情を、思い出す。
 しかし、ノーズが言葉を掛けてきたことで、思考は中断された。
 「では、先代に言われた言葉を守る為に、貴方がその剣を振るうのですね」
 「いや、違うよ」
 サフィンがそう言うと、ノーズはサフィンに「では、何故?」という表情を向けてくる。
 一呼吸置いてから、サフィンは言葉を紡いだ。
 「フレイアに言われたからじゃない。 自分の意志で、守りたいって……そう、思ってる」
 微笑みながらそう言ってきたサフィンに、ノーズは思わずどきりとする。
 美しい。
 サフィンの微笑みを見て、そう思わされたからだ。
 「サリサも、キリトも……同じ気持ちだよな?」
 今度はサリサの方を見て、サフィンはそう言う。
 その言葉に、サリサは頷いた。
 「えぇ、そうね」
 「でもサフィン、そういうセリフはナナの前で言わないとな」
 いつの間に復活してきたのか、からかうような笑みを浮かべたキリトがサリサの後に続く。
 サフィンはキリトの言葉を聞いて顔を赤らめた。
 「な、何でだよ」
 「何でって、そりゃあお前、面と向かって「俺が守ってやる」なんていわれたら喜ぶだろ、なあ?」
 「そうよねぇ」
 話を振られたサリサは頷き、キリトと同様からかいを含んだ表情をサフィンに向けた。
 「お、俺はそんな事言ってな……」
 「ちなみにサリサのことは俺が守ってやる」
 「あんたに言われても全っ然嬉しくないわ」
 くるくると表情を変えながらの3人のやり取りを見て、ノーズは微笑んだ。
 すると、その時。
 家の入り口の扉がゆっくりと内側から開いた。
 中から姿を見せたのは、ナナだ。
 「ナナ!」
 サフィンが立ち上がり、呼び掛ける。
 ナナは呼び掛けに笑みだけを返し、4人の方へ近付いてきた。
 「話、終わったのか?」
 「うん」
 キリトの問いに、ナナは頷く。
 「みっつめの、方法って……?」
 一呼吸置いてから、ナナはサリサの問いには首を横に振って答えた。
 言えない。
 そう言われているのをサリサは理解し、「そう」とだけ短く言葉を発する。
 ナナは一瞬だけ申し訳なさそうな表情を作り、それから口を開いた。
 「あのね、シャハラザードさんが、今日は泊まって行くようにって言ってくれてるんだけど……どうしよう?」
 「そうね……どうする?」
 「ルートの確認もしたいし、お言葉に甘えたら良いんじゃない?」
 「そうよね。 ファーゼイスの所へ行くには海を越えなきゃならないし……お言葉に甘えても良いかしら?」
 ノーズの方を向いてサリサが問うと、ノーズは快く首を縦に振る。
 「はい、是非そうして下さい」
 ナナ達は一度顔を見合わせて浅く頷き合うと、ノーズの後に続いて家の方へと戻っていった。


 ナナ達が通された部屋はベッドしか無い質素な部屋だったが、休息を取るには充分な場所だった。
 食事を取り終えると、シャハラザードとノーズも交えて、今後のルートの確認が開始される。
 世界最北の大陸、タルディアーナの北端に位置する王国、ミルトレイア。
 恐らくファーゼイスがいるであろうその場所へ辿り着くには、船を使って北上しなければならない。
 現在ナナ達がいる大陸……アリストラル大陸からタルディアーナ行きの船が出ている港街は、全部で4つ。
 ナナ達は、そのうちの、アリストラル大陸の東端に位置する港街フィロウからミルトレイアの西方に位置する港街エセルバートへと渡り、そこから徒歩でミルトレイアへ向かう、というルートを取ることになった。
 そのルートが最短でミルトレイアへと辿り着くことのできるものである為だ。
 今いる場所、シャハラザードとノーズの家からフィロウまでが2日。
 フィロウからエセルバードまでの船旅が約6日で、エセルバードからミルトレイアまでが5日掛かるだろうと、キリトが見立てる。
 サリサとシャハラザードも、キリトの見立てに同意した。
 出発は、明日の朝。
 そう決めた後、ナナ達はひと通りルートを確認し直すと、通された部屋へと戻って眠りについた。


 ナナ達が眠りについた後、室内にはシャハラザードとノーズが残される。
 昼間と同じように、シャハラザードがテーブルに向かって椅子に腰掛け、その斜め後ろにノーズが立っていたが、表情は昼間とは違い、何やら神妙な面持ちだった。
 「明日の朝だ。 明日の朝、何か邪悪なものがここへやって来る」
 「はい」
 シャハラザードの言葉に、ノーズが短く応える。
 「それが何なのかは判らんが……くれぐれも、油断はせぬようにな」
 「……はい」
 再び、師の言葉にノーズは短く応えると、腰に携えていた愛刀に手を沿え、口許を引き締めた。


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