the past 決意−5

 「今、ミルトレイアにはそう簡単に入国出来ない筈よね?」
 「あぁ、でも、ソフィアとシセルが先回りして何とかしてる筈なんだ」
 「何とかって……一体何したんだ……?」

 タルディアーナ大陸最北の港街エセルバードを出発してから4日目。
 ミルトレイアへの道すがら、ナナ達5人は今後についての話をしながら歩いていた。

 現在ミルトレイアは外交を閉鎖して関所や検問が厳重に敷かれている為、国外からの入国はおろか、国内からも簡単に外へ出られぬような状況である。
 ……が、5人が今歩いているのは、ミルトレイアへと続く一番大きな街道。
 関所や検問も、最も厳重に設けられている筈。
 それゆえ、先程のサリサの問いも当然のものだ。

 「何したのかは判らないけど……ソフィアが“正面から堂々と入って大丈夫なようにしておく”とか言ってたからな。 多分大丈夫だろ」
 「ふぅん……」
 冷や汗を流して苦笑しているティアの言葉に、サリサも同じように冷や汗を流しつつ応える。
 何を考えているのか判らないソフィアとシセルのことだ。
 一体何をやらかしたのだろうかと不安になるのも頷ける。
 (まさか、力づくで番人黙らせるとかしてないでしょうね……)
 嫌な考えがよぎり、サリサは小さく息を吐き出した。
 だが、直後、そんな考えを払拭するかのような明るい声が上がる。
 「でも、ソフィアさんやシセルさんまで協力してくれてるなんて、凄く嬉しいね」
 声を発したナナは、僅かでも不安のある他の者とは違い、心から2人の協力を喜んでいるご様子だ。
 その様子に多少不安が和らいだり無心な笑顔にサフィンが頬を染めたりしているうちに、一行の視界に関所らしき建物が見えてきた。



 念のため気配を殺し、5人は慎重に関所へと近づいていく。
 しかし、峻厳な装いと威圧感すらある巨大な鉄格子の門を構える関所からは、それを守るに相応しい者の気配は感じられなかった。
 いや、気配は微かにあるが、活動している者の気配とは思えないのだ。
 そのうえ、観音開きの鉄格子門が、丁度人ひとりが通れる分ほど開きっ放しになっている。
 「どういうことだ……?」
 予想外の事態に、緊張を解いたサフィンがぽつりと呟いた。
 見れば、門の両脇にはきちんと門番らしき者が立っている……が、何やらがっくりと項垂れているような不自然な格好で立ち、やけにふらふらしている。
 倒れないでいるのが不思議なくらいだ。
 それでも一応慎重に5人は歩を進めるが、関所から僅か50メートル程の距離まで近付いて門番達の様子が明らかになると、ティアが片手で顔を覆ってため息を吐いた。
 明らかにその場に生えているのが不自然な巨大な植物の弦。
 それに巻き付かれるようにして立っている……正確には立っているように見える門番達は。
 ……爆睡していた。



 「……ソフィアの仕業、よね」
 「あぁ、明らかに」
 爆睡する門番達を放置し、そそくさと関所を通り過ぎてしばし経ってから半眼で呟かれたサリサの言葉に、ティアが同じく半眼で冷や汗を流しつつ答える。

 弦に巻き付かれた妖魔の門番達は、何の夢を見ているのか時折気味の悪い薄ら笑いを浮かべるものの、揺すってもつついても全く起きる気配を見せなかった。
 門番達がそうなった原因は、門番達に巻き付く弦から生えた白い花から舞い落ちる、花粉である。
 『ヒメクワイト』と呼ばれるその白い花の花粉は、睡眠薬や麻酔薬の材料として使われるものなのだ。
 しかも、普通のヒメクワイトの10倍以上……人間の顔ほどもある大きさの花の花粉であるのだから、効果は絶大だ。
 通常、ヒメクワイトの花がそこまで巨大に成長することはあり得ないのだが、そこはそれ、ソフィアの妙な魔術の賜物であろうことが容易に予想出来る。
 だが、そんなことよりも。

 「あいつら、アタシらより2日くらい早くミルトレイアに到着してる予定な筈だから……」
 あの門番達は、少なくとも2日間あの状態のまま放置されているということになる。
 その事実に一行は冷や汗を流し、サリサとティアに至っては深いため息まで吐き出した。
 尤も、キリトに限り、面白そうに笑っているだけであったが。

 その後の道中も、検問等がある度に同じような光景が見受けられ、その度にサリサとティアはため息を吐かされることとなった。







 関所を抜けてから丸1日が経過した頃。
 5人の視界に、ミルトレイア王国の街並が映り始めた。
 高い壁に囲まれた王城を中心として広がる、巨大な都市。
 しかしその都市は遠くから見てもどこか閑散としており、物悲しげな雰囲気が漂っていた。

 敵の、本拠地。

 ナナはきゅっと唇を引き結び、俄かに緊張した様子で一歩一歩を踏みしめる。
 しかし、ふと、見知った者の気配に気付いて緊張を緩めた。
 「あれは……」
 小さな声で、ナナが呟く。
 他の者もナナと同様気配に気付いたようで、ナナの視線の先と同じところを見た。

 5人の視線の先で穏やかに手を振っていたのは、ソフィアだった。
 隣には無表情のまま微動だにしないシセルも立っている。
 2人の姿を認めると、ナナは表情を綻ばせて手を振り返した。


 「早かったのね」
 「まぁ、あんた達のお陰でね」
 「流石に酷くないか、あれは」
 ソフィアから掛けられた第一声に、サリサとティアが半眼でそう言葉を返す。
 返された言葉に、ソフィアはくすりと笑んだ。
 「あら、あれが最善の方法だと思ったのだけれど。 シセルなんて、力づくで黙らせようとしていたのよ?」
 「……それはまずいな」
 ティアの言葉と共に全員の視線がシセルへと向けられるが、シセルはそのようなことは気にも留めずに相変わらずの無表情を決め込んでいる。
 やはりかなり好戦的な性格だったか、と、サリサとサフィンは心中でそれを再確認した。
 「シセル、お前な……」
 「…………」
 「力づくでは駄目よね。 落としてもいずれ目を覚ましてしまうもの」

 そういう問題か。
 というかあんたのあれもかなり実力行使だ。

 何気ない口調で発せられたソフィアの言葉に、約3名、心中で突っ込みを入れる。
 言っても無駄だということは判りきっているので、口に出すことは無かったが。
 場が沈黙に包まれてしまったので、こほん、と、気を取り直すかのように軽く咳払いをしてからサリサが話し始める。
 「ところで、堂々とこんなところで出迎えなんてして良いの? ファーゼイスに見付かったりなんかしたら……」
 「いないわ」
 サリサの言葉を遮るように、ソフィアが言った。
 「この街には、ファーゼイスはおろか、部下のひとりすらいない」
 「どういうこと……?」
 ナナは微かに眉を寄せ、首を傾ける。
 ミルトレイアの地で待つと。
 ファーゼイスは、確かにそう言った筈だ。
 「ミルトレイア王国の領土内にいることは確かよ。 でも、この街にはもういない…… とりあえず、場所を移しましょう? それから、説明するわ」
 ソフィアの物言いに一行は首を傾げるものの、とりあえずは、ソフィアの提案を呑むことにした。





 正面門から堂々と街へ入り、一行はソフィアの後に続いて歩いていく。
 堂々と入っても何も起こらず、不振な気配も何も感じないことから、ファーゼイスはおろかファーゼイスの部下すら街にはいないのだということに確信を持つことが出来た。

 ソフィアとシセルに案内されたのは、『山猫亭』という名の酒場兼宿屋であった。
 建物内に足を踏み入れるや否や、少々恰幅の良い女将が笑顔で出迎えてくれる。
 ソフィアが事情を話すと、女将は一行を2階の部屋へと案内してくれた。
 国がこんな状態だというのに誰とも知れない自分達を快く受け入れてくれるなんて、とても気の良い人なんだな、と、ナナは心底感動を覚える。
 山猫亭には2人以下用の部屋しか無いようで、女将が案内してくれた部屋の数は、4つだった。
 5人に新たに宛がわれた部屋が、3つ。
 そしてソフィアとシセルが元々宿泊していた部屋が、ひとつ。
 一行はそのうちの、ソフィアとシセルが宿泊していた部屋へと集まった。

 皆が話を聞ける態勢になったことを確認してから、ソフィアが口を開く。
 「2日前、私達はここへ辿り着いて……まずは、城の周辺を調べたけれど、城内からも、周辺からも、何の気配も感じられなかった。 そこで、街の周辺を調べたのだけれど、街を出て北に4キロくらい行ったところに、不振な空間の歪みを見つけたの」
 「空間の、歪み?」
 サフィンの問いに、ソフィアはこくりと頷いた。
 「ファーゼイスの魔力の回復も、恐らく最終段階へ差し掛かったのね。 恐らく、少しでもナナ達を足止めする為に……ファーゼイスはその場所へ結界を張って、その内部に居を構えたようなのよ」
 「結界……」
 「ええ。 一見するとその場所には何も無いように見えるのだけれど……明らかに、空間に歪みが生じているの。 結界の内部に何があるのか判らなくさせる……恐らく、そういう結界なのでしょうね」
 「結界を破れる可能性はあるの?」
 サリサが問うと、ソフィアはつい、とティアへ視線を向けた。
 「ティアの目を使えば、可能だと思うわ」
 ソフィアの言葉にシセルとサフィンは納得するが、他3人は訳が判らずに首を傾げる。
 ああ、そういえば、とティアは呟いて、顔の左半分を覆っていた長い前髪をゆっくりとした動作でかき上げた。
 それにより露になった黄金色の瞳に、3人は少々目を剥く。
 右の深紅とは全く違う……魔族や妖魔達が所持するものに酷似した、その瞳。
 少ししてかき上げた前髪を降ろすと、ティアはその瞳について語り始める。
 「アタシは半分妖魔だから、片目だけこんななんだが……この目は、魔力そのものを捉えることが出来るんだ。 まあ、任せてくれて良いよ」
 「そうだったの……便利な目ね」
 ティアの言葉を聞いて、サリサがそれだけを返した。

 半分妖魔。
 それに関して少し知りたい気もしたが、ナナ達は深く突っ込んで聞くようなことはしなかった。
 複雑な事情を持つティアにとって、それはありがたいことだ。

 「じゃあ、場所が判っているなら、すぐに向かった方が……」
 「反対ー」
 話を進行しようとするサリサの言葉を遮るようにして、キリトが言葉を発する。
 サリサはキリトを半眼でねめつけた。
 「何でよ。 少しでも早い方が良いじゃない」
 「申し訳ないけれど、私も反対よ」
 今度はソフィアが言葉を発する。
 その後に続くであろう言葉は、キリトが紡いだ。
 「サリサ、結晶体の強化のせいで、かなり魔力消耗してるだろ。 サリサの魔力が回復するまで待った方が良いと思うんだけど?」
 「でも……」
 「サリサ」
 反論しようとするサリサの言葉を、今度はナナが遮る。
 「確かに、早く封印をしに行った方が良いのは判るけど……その為には、サリサの力も絶対に必要だと思うの。 出来れば万全な状態で、力を貸して欲しいんだ」
 「…………」
 ナナの言葉を受けて、サリサは申し訳なさそうに眉を顰めて黙り込む。

 正直、結晶体を強化する為に魔力を注ぎ続けていた影響で、サリサの魔力は通常の半分以下まで落ちてしまっていた。
 相手の強さは半端ではないだろう。
 それゆえこのまま突入しても、足を引っ張るような結果になりかねない。
 フレイアの技の一部を継ぐ者として、それだけは避けねばならなかった。

 しばしして、サリサはゆっくりと口を開いた。
 「2日、待って貰えれば」
 「決まりね」
 すかさず、ソフィアが締め括る。
 その決定に反論する者は、誰もいなかった。


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